養育期間標準報酬月額特例申出書とは?社会保険労務士が解説する制度の仕組みと手続きのポイント

目次

はじめに

育児のために時短勤務を選んだ結果、給与が下がり、社会保険料の負担が軽くなる一方で「将来もらえる年金額が減ってしまうのではないか」という不安を抱く従業員の方は少なくありません。この不安を解消するために設けられているのが、厚生年金保険の「養育期間の従前標準報酬月額のみなし措置」であり、この措置を受けるために提出するのが「厚生年金保険 養育期間標準報酬月額特例申出書」です。

本記事では、社会保険労務士の立場から、この制度の法的根拠、対象要件、手続きの流れ、そして実務上つまずきやすいポイントについて、日本年金機構が公表している情報や厚生年金保険法の条文に基づき、中立的かつ正確に解説します。制度の利用を検討している従業員の方、手続きを担当する事業主・人事労務ご担当者の双方にとって参考となる内容を目指しています。なお、本記事では税務に関する事項は取り扱いません。

養育期間標準報酬月額特例制度とはどのような制度か

この制度は正式には「養育期間の従前標準報酬月額のみなし措置」と呼ばれます。日本年金機構の解説によれば、3歳未満の子を養育する期間中に標準報酬月額が低下した場合であっても、将来の年金額の計算においては、養育を開始する前の高い標準報酬月額を用いて年金額を計算できる仕組みです。

育児のために時短勤務などを選択すると、実際に受け取る給与が下がり、それに伴って社会保険料の算定基礎となる標準報酬月額も下がります。標準報酬月額は将来受け取る老齢厚生年金の額の計算にも用いられるため、何も手続きをしなければ、育児期間中の報酬低下がそのまま将来の年金額の減少につながってしまいます。この不利益を回避するために設けられているのが本特例です。

制度の要点を整理すると、次のとおりです。

  • 保険料の徴収そのものは、実際の標準報酬月額(下がった後の額)を基礎として行われます。
  • 一方、将来の老齢厚生年金額を計算する際の平均標準報酬額の算定においては、養育開始前の高い標準報酬月額を用いたものとみなします。
  • つまり、保険料負担は現状に応じて軽くなりながら、年金額の計算上は不利にならないという、被保険者にとってメリットの大きい仕組みです。

制度の法的根拠:厚生年金保険法第26条

この特例は、厚生年金保険法第26条第1項に明文の根拠を持つ法定の制度です。同条は、3歳に満たない子を養育し、又は養育していた被保険者又は被保険者であった者が、主務省令で定めるところにより実施機関へ申出(被保険者については、使用される事業所の事業主を経由して行う)をしたときに、みなし措置の対象となる旨を定めています。

条文の趣旨を整理すると、以下の点が読み取れます。

  • 申出は、被保険者本人が行うものであり、在職中は事業主を経由して行う必要があります。
  • みなし措置の対象となるのは、子を養育することとなった日の属する月から、養育の終了に該当する事由が生じた日の翌日が属する月の前月までの各月です。
  • 従前標準報酬月額を下回る月のうち、みなし措置の対象となるのは、申出が行われた日の属する月の前月までの2年間に限られるという制限が設けられています。

このように、本特例は行政の運用通達レベルの措置ではなく、法律そのものに根拠を持つ被保険者の権利であるという点は、実務上正しく理解しておくべき重要なポイントです。

特例の対象となる方・要件

日本年金機構の案内によれば、特例の対象となるのは、3歳未満の子を養育する被保険者、または養育していた被保険者であった方で、養育期間中の各月の標準報酬月額が、養育を開始した月の前月の標準報酬月額を下回っている場合です。

在職中の被保険者だけでなく、退職後に被保険者でなくなった方についても対象となり得る点は見落とされがちです。退職後に申出を行う場合は、事業主を経由せず、本人が直接提出することができるとされています。

なお、次のような期間は、みなし措置の対象外となる点にも留意が必要です。

  • 産前産後休業期間または育児休業等の期間中で、厚生年金保険料の免除を受けている期間
  • 従前標準報酬月額の基準となる月(後述)の前1年以内に被保険者期間が全くない場合

従前標準報酬月額の考え方

特例の中核となるのが「従前標準報酬月額」という考え方です。日本年金機構の解説によれば、従前標準報酬月額とは、養育を開始した月の前月の標準報酬月額を指します。ただし、養育開始月の前月において厚生年金保険の被保険者でなかった場合には、その月からさかのぼって1年以内の直近の被保険者であった月の標準報酬月額が、従前の報酬月額とみなされます。

具体例で考えてみましょう。9月に出産した被保険者について、定時決定により標準報酬月額が改定され、産前産後休業・育児休業を経て職場復帰後、育児休業等終了時改定によって標準報酬月額が引き下げられたケースでは、従前標準報酬月額は、養育を開始した日(出産日)の属する月の前月、すなわち8月の標準報酬月額となります。定時決定や随時改定など、複数の改定が絡む場合には、どの月の標準報酬月額を基準とすべきか混乱しやすいため、正確に「養育開始月の前月」を特定することが重要です。

みなし措置の対象期間

みなし措置の対象となる期間は、子を養育することとなった日の属する月から、次のいずれかに該当するに至った日の翌日の属する月の前月までとされています。

  • 子が3歳に達したとき
  • 厚生年金保険の被保険者資格を喪失したとき
  • 他の子について同条の適用を受けることとなったとき
  • 養育していた子が死亡したとき、その他養育しないこととなったとき

これらの終了事由は、厚生年金保険法第26条第1項各号に規定されています。また、申出を行った日より前の期間についても、申出日の属する月の前月までの2年間に限りみなし措置が認められるとされており、さかのぼって適用を受けられる期間には上限がある点に注意が必要です。

「育児休業等終了時報酬月額変更届」との違い

実務上、本特例と混同されやすい手続きに「育児休業等終了時報酬月額変更届」があります。両者は名称も内容も似ていますが、目的が異なる別の制度です。

育児休業等終了時報酬月額変更届は、育児休業終了後に3歳未満の子を養育している被保険者について、通常の随時改定の要件(2等級以上の差など)を満たさなくても、1等級以上の差があれば、育休終了日の翌日が属する月以後3か月間の報酬の平均に基づいて標準報酬月額を改定できる制度です。これは「実態に応じて社会保険料の負担を見直す」ための手続きであり、標準報酬月額そのものを引き下げる効果を持ちます。

これに対して、養育期間標準報酬月額特例は「年金額の計算上は、養育開始前の高い標準報酬月額を用いたものとみなす」措置であり、保険料負担を左右するものではありません。両者は排他的な関係にあるのではなく、育児休業等終了時報酬月額変更届で標準報酬月額を実態に合わせて引き下げつつ、養育期間標準報酬月額特例によって年金額の計算上は従前の高い標準報酬月額を用いる、という形で併用することが想定されています。手続きを担当する事業主・ご担当者は、この二つの届出をセットで検討する必要があります。

手続きの流れ:提出者・提出時期・提出先

申出書の提出に関する実務上のポイントは以下のとおりです。

  • 提出者:在職中の被保険者は、事業主を経由して申出書を提出します。退職後の被保険者であった方は、本人が直接提出することができます。
  • 提出時期:産前産後休業または育児休業等の期間中で、厚生年金保険料の免除を受けている期間は、みなし措置を受けることができません。そのため、申出書は産前産後休業または育児休業等の終了日の翌日以降に提出する必要があります。日本年金機構は、この点を「よくある誤り」として、期間終了前に提出されるケースが多いことを注意喚起しています。
  • 提出先:事業所を管轄する年金事務所(または事務センター)です。

必要書類(添付書類)

申出にあたっては、原則として次の書類の添付が必要です。

  • 申出者と養育する子との身分関係を確認できる書類(戸籍謄本・戸籍抄本または戸籍記載事項証明書。コピーは不可)
  • 住民票の写しなど、養育の事実を確認できる書類

ただし、次のいずれかに該当する場合は、添付書類の一部を省略できます。

  • 事業主が戸籍謄(抄)本等で申出者と子の身分関係をあらかじめ確認し、申出書の「確認済み」欄にチェックを入れた場合
  • 申出者および子の双方に日本の戸籍があり、両者の個人番号(マイナンバー)がいずれも申出書に記載されている場合

なお、個人番号の記載により添付書類を省略する場合は、日本年金機構における審査に一定の期間(目安として1か月程度)を要することがあるとされており、早期の適用を希望する場合は、事業主による身分関係の確認を経て「確認済み」にチェックを入れる方法、または添付書類をそろえて提出する方法が案内されています。

記入時によくある不備・誤りとその防止策

日本年金機構は、実際に受け付けた申出書における不備・誤りの多い事例を公表しています。主なポイントは次のとおりです。

  • 提出時期の誤り:産前産後休業または育児休業等の終了日より前に提出されるケースが多く見られます。必ず休業終了日の翌日以降に提出する必要があります。
  • 「養育特例開始年月日」欄の記載誤り:この欄には、法令上定められた事実(子を養育することとなった日など)に基づく正しい年月日を記入する必要があり、記入すべき年月日のパターンが複数あるため、該当するケースを正しく確認することが求められます。

これらの不備があると、一度受け付けた申出書が返戻される場合があり、事業主・ご担当者にとって再提出の手間が生じます。申出書を提出する前に、日本年金機構が公開している記入例を確認し、正確な年月日・添付書類の要否を事前にチェックすることが、スムーズな手続きにつながります。

養育期間標準報酬月額特例終了届の提出が必要な場合

特例の対象となっていた子を養育しなくなった場合や、子が死亡した場合には、事業主を経由して「厚生年金保険 養育期間標準報酬月額特例終了届」を速やかに提出する必要があります(郵送も可能とされています)。

ただし、次のようなケースでは終了届の提出は不要とされています。

  • 申出に係る子がすでに3歳に達している場合
  • 退職等により厚生年金保険の被保険者資格を喪失している場合
  • 申出に係る子以外の子について、養育期間標準報酬月額特例の適用を受けることとなった場合
  • 保険料徴収の特例を受ける育児休業等を開始している場合(育児休業等取得者確認通知書の交付を受けている場合)

これらは自動的に特例の対象から外れる、または別の手続きに切り替わるケースであるため、二重に届出をする必要がないという整理です。

社会保険労務士の視点からの留意点

実務に携わる立場から特に強調しておきたいのは、以下の点です。

第一に、本特例は被保険者からの「申出」があって初めて適用される制度であり、事業主が自動的に手続きを行ってくれるものではありません。育児休業等終了時報酬月額変更届のみが提出され、本特例の申出が漏れているケースは実務上少なくないため、育休復帰後の手続き案内の際には、両方の制度をセットで説明することが望まれます。

第二に、さかのぼって適用を受けられる期間には、申出日の属する月の前月までの2年間という制限があります。申出が遅れるほど、みなし措置を受けられない期間が生じるおそれがあるため、育児休業からの復帰後、できるだけ早い時期に申出を行うことが望ましいといえます。

第三に、産前産後休業・育児休業等の保険料免除期間中はみなし措置の対象外となるため、休業終了後のタイミングを正確に把握したうえで申出を行う必要があります。

まとめ

養育期間標準報酬月額特例申出書は、厚生年金保険法第26条を法的根拠として、3歳未満の子を養育する期間中の報酬低下が将来の年金額に不利益とならないようにするための、被保険者の権利に基づく重要な手続きです。育児休業等終了時報酬月額変更届と混同されやすいものの、両者は目的の異なる別制度であり、多くの場合は併用が想定されています。

申出にあたっては、提出時期(休業終了日の翌日以降であること)、従前標準報酬月額の正確な特定、必要書類の準備といった点でつまずきやすいポイントが存在します。日本年金機構が公表している記入例や不備事例を事前に確認し、正確な手続きを行うことが、被保険者本人の将来の年金額を守ることにつながります。制度の適用可否や個別の事情に応じた具体的な取扱いについては、事業所を管轄する年金事務所または社会保険労務士にご相談されることをお勧めします。


参考資料・出典

  1. 日本年金機構「厚生年金保険養育期間標準報酬月額特例申出書の申し出不備や誤りの多い事例」 https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/info/jireishokai/henreiyouiku.html
  2. 日本年金機構「6-7:養育期間の従前標準報酬月額のみなし措置を受けようとするとき」 https://www.nenkin.go.jp/shinsei/kounen/tekiyo/menjo/20141203.html
  3. 日本年金機構「養育期間の従前標準報酬月額のみなし措置」 https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/hokenryo/menjo/20150120.html
  4. 出典表記あり各種解説記事(日本年金機構の公表情報を出典として引用)
  5. 各種人事労務向け解説サイトによる添付書類省略の取扱いに関する解説(日本年金機構の公表情報に基づく)
  6. 各種手続きガイドサイトによる申出書の提出先・添付書類に関する解説(日本年金機構の公表情報に基づく)
  7. 厚生年金保険法第26条(e-Gov法令検索等で条文を確認可能) https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=329AC0000000115
  8. 日本年金機構「養育期間の従前標準報酬月額のみなし措置」(前掲2・3と同一ページ)
  9. ねんきんAtoZ「育児のために時短就労するなどで給与が下がった場合、標準報酬月額はどのように改定されるのですか?」 https://www.kurassist.jp/nenkin_atoz/seido/ikuji/ikuji03.html
  10. 社会保険労務士試験対策サイトによる厚生年金保険法第26条の解説(条文の引用を含む)
  11. 各種人事労務向け解説サイトによる従前標準報酬月額の考え方の解説(日本年金機構の公表情報に基づく)
  12. 各種人事労務向け解説サイトによる育児休業等終了時報酬月額変更届との違いの解説
  13. 日本年金機構「育児休業等終了時報酬月額変更届の提出」 https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/hokenryo/menjo/ikuji-menjo/20150407.html

※本記事は、上記出典に基づき、公表時点で確認できる情報をもとに作成しています。制度の詳細な要件や個別の該当性については、必ず日本年金機構の最新の公表情報をご確認いただくか、事業所を管轄する年金事務所または顧問社会保険労務士にご相談ください。本記事は特定の事案に対する助言を目的とするものではありません。

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