はじめに
新しく従業員を雇い入れたとき、事業主が必ず行わなければならない手続きのひとつに「雇用保険被保険者資格取得届」の提出があります。この届出は、単なる事務手続きではなく、雇用保険法という法律に基づく事業主の法的義務です。提出を怠ったり、期限に遅れたりすると、従業員が失業給付や育児休業給付などを受けられなくなるおそれがあるほか、事業主自身が罰則の対象となる可能性もあります。
本記事では、社会保険労務士の立場から、雇用保険被保険者資格取得届について、根拠となる法令・厚生労働省の公表資料に基づき、提出義務者、加入要件、提出期限、提出方法、記載上の注意点、そして2028年10月に予定されている雇用保険の適用拡大まで、実務に即して体系的に解説します。
1. 雇用保険被保険者資格取得届の法的根拠と提出義務
雇用保険被保険者資格取得届の提出義務は、雇用保険法第7条に定められています。同条は、事業主に対して、雇用する労働者が当該事業主の行う適用事業に係る被保険者となったことなどを、厚生労働省令で定めるところにより厚生労働大臣に届け出なければならないと規定しています。
この届出の具体的な手続きを定めているのが雇用保険法施行規則第6条です。同条第1項では、事業主は、雇用する労働者が適用事業の被保険者となったことについて、その事実のあった日の属する月の翌月10日までに、雇用保険被保険者資格取得届(様式第2号または様式第2号の2)を、その事業所の所在地を管轄する公共職業安定所(ハローワーク)の長に提出しなければならないと定められています(厚生労働省「雇用保険法施行規則」)。
つまり、この届出は事業主が任意で行うものではなく、法律上の届出義務であるという点をまず正確に理解しておく必要があります。
2. 雇用保険の被保険者となる要件(加入条件)
雇用保険被保険者資格取得届を提出する前提として、対象となる労働者が雇用保険の「被保険者」に該当するかどうかを正しく判断する必要があります。厚生労働省が公表している「雇用保険制度Q&A~事業主の皆様へ」によれば、雇用保険の適用事業所に雇用される労働者のうち、次の二つの労働条件をいずれも満たす方は、原則としてすべて被保険者となります。
- 1週間の所定労働時間が20時間以上であること
- 31日以上の雇用見込みがあること
この二要件は雇用保険法第6条の適用除外規定を踏まえたものであり、正社員・パート・アルバイト・契約社員・派遣労働者といった雇用形態の名称にかかわらず、また事業主や労働者本人の加入希望の有無にかかわらず、要件に該当すれば法律上当然に被保険者となります。「所定労働時間」とは、就業規則や雇用契約書などであらかじめ定められた労働時間を指し、残業や休日出勤などの実労働時間とは区別される点にも注意が必要です。
一方で、雇用保険法第6条では、季節的に雇用される者、学生または生徒(一定の要件を満たす者を除く)、船員、国・都道府県・市区町村等に雇用される者などについて、適用除外規定が設けられています。学生アルバイトや季節労働者を雇用する場合は、個別に適用除外に該当しないかを確認したうえで届出の要否を判断することが実務上のポイントです。
3. 提出期限はいつまでか
雇用保険被保険者資格取得届の提出期限は、前述の雇用保険法施行規則第6条により、「被保険者となった日(資格取得日)が属する月の翌月10日まで」と定められています。
たとえば、4月1日に入社した従業員が加入要件を満たす場合、資格取得日は4月1日となるため、提出期限は翌月にあたる5月10日までとなります。翌月10日が土曜・日曜・祝日にあたる場合の取扱いについては、管轄のハローワークに個別に確認することをおすすめします。
なお、事業所として初めて従業員を雇用し、雇用保険の適用事業所となる場合は、資格取得届に先立って「雇用保険適用事業所設置届」を提出する必要があります。この設置届の提出期限は、設置の事実があった日の翌日から起算して10日以内とされており、資格取得届とは期限の考え方が異なるため混同しないよう注意が必要です。
4. 提出先はどこか
雇用保険被保険者資格取得届の提出先は、被保険者本人の住所地ではなく、労働者を雇用している事業所の所在地を管轄する公共職業安定所(ハローワーク)です。本社で一括して手続きを行う場合を除き、管轄を誤ると書類が返送されることがあるため、事前に管轄ハローワークを確認しておくことが望ましいでしょう。
なお、雇用保険法施行規則第6条第2項・第3項により、様式にかかわらず、年金事務所または労働基準監督署長を経由して提出できる場合もあります。
5. 提出方法(窓口・郵送・電子申請)
雇用保険被保険者資格取得届の提出方法には、次の3つがあります。
(1)窓口提出
管轄のハローワーク窓口に持参して提出する方法です。その場で内容確認や不備の指摘を受けられる点がメリットです。
(2)郵送提出
管轄ハローワーク宛てに郵送する方法です。返信用封筒を同封することで、控えの返送を受けられます。
(3)電子申請
デジタル庁が運営する行政手続きのオンライン窓口「e-Gov(イーガブ)」を通じて申請する方法です。近年は電子申請の利用が推奨されており、来所や郵送の手間を省くことができます。
電子申請が義務化されている法人について
厚生労働省が公表している「2020年4月から特定の法人について電子申請が義務化されます」によれば、2020年4月以降に開始する事業年度から、次のいずれかに該当する「特定の法人」については、雇用保険被保険者資格取得届を含む一部の社会保険・労働保険手続きについて電子申請による提出が義務付けられています。
- 資本金、出資金または銀行等保有株式取得機構に納付する拠出金の額が1億円を超える法人
- 相互会社(保険業法に基づくもの)
- 投資法人(投資信託及び投資法人に関する法律に基づくもの)
- 特定目的会社(資産の流動化に関する法律に基づくもの)
該当する法人の事業主は、原則として窓口や郵送ではなく電子申請での提出が必要となる点に留意してください。
6. 記入時に押さえておきたい主な項目
雇用保険被保険者資格取得届には、主に以下のような項目を記載します。厚生労働省が公表している記入例を踏まえ、実務上とくに注意すべき項目を紹介します。
個人番号(マイナンバー)
被保険者本人の12桁の個人番号を正確に記載します。マイナンバーカードを持っていない場合は、マイナンバーが記載された住民票の写しなどで確認したうえで記入します。厚生労働省は、雇用保険手続きの際にマイナンバーの届出を行うよう周知しています。
被保険者番号
過去に雇用保険に加入していたことがある場合に記入する番号です。被保険者番号は、その方が最初に被保険者となった際に発行され、転職や退職を経ても同一の番号が使用されます。初めて被保険者となる場合は空欄とします。複数の番号を保有している場合は、ハローワークで番号統一の手続きが必要です。
資格取得年月日
労働者が雇用保険の被保険者要件を満たした日(通常は雇用契約が開始した日)を記入します。
雇用形態・職種
該当する職種の区分を、厚生労働省が定める分類にしたがって記入します。
1週間の所定労働時間
就業規則や雇用契約書で定めた、通常の週における労働すべき時間を記載します。残業や休日勤務、一時的な勤務時間の短縮・欠勤などは含めません。
これらの記載内容は、離職時の基本手当(失業給付)の算定などにも影響するため、正確な記載が求められます。
7. 添付書類は必要か
厚生労働省の案内によれば、雇用保険被保険者資格取得届は、原則として添付書類は不要です。ただし、次のような場合には、賃金台帳、労働者名簿、出勤簿(タイムカード)など、労働者を雇用した事実およびその年月日を証明できる書類の提出が求められることがあります。
- 提出期限(資格取得日の属する月の翌月10日)を過ぎて届出をする場合
- 事業主として初めて資格取得届を提出する場合
- 過去3年間に事業主の届出に起因する不正受給があった場合
- 労働保険料の納付状況が著しく不適切である場合
なお、社会保険労務士や労働保険事務組合を通じて提出される場合は、原則として添付書類は不要とされています。事業主と同居している親族や、株式会社等の役員についての届出である場合には、これらとは別に雇用関係を確認できる書類の提出を求められることがあります。
8. 提出が遅れた場合の取扱いと罰則
何らかの理由で資格取得届の提出が遅れた場合、ハローワークは過去に遡って被保険者となった事実の確認を行います。手続きが3か月以上遅れた場合は全期間の賃金台帳・出勤簿等が必要となり、6か月以上の遅延の場合は「遅延理由書」などの提出を求められることがあります。
また、雇用保険法第83条第1号は、事業主が第7条の規定に違反して届出をせず、または偽りの届出をした場合、6か月以下の拘禁刑(懲役刑)または30万円以下の罰金に処すると定めています。実務上、未加入が発覚した場合はまずハローワークからの加入指導が行われるのが通常ですが、指導・勧告に従わず是正がなされない場合には、公共職業安定所長の職権による強制的な加入手続きがとられ、遡及して雇用保険料が徴収されることもあります。届出義務は事業主の法的責任であることを認識し、雇い入れの都度、速やかに手続きを行うことが重要です。
9. 2028年10月施行予定:雇用保険の適用拡大について
令和6年(2024年)5月10日に成立した「雇用保険法等の一部を改正する法律」により、雇用保険の適用範囲が拡大されることが決まっています。厚生労働省が公表した改正法の概要資料によれば、雇用保険の被保険者となる要件のうち、現行「1週間の所定労働時間20時間以上」とされている基準が「10時間以上」に引き下げられ、適用対象が拡大されます。施行期日は2028年10月1日と予定されています。
この改正が施行されると、これまで加入対象外であった週10時間以上20時間未満の短時間労働者についても、31日以上の雇用見込みなど他の要件を満たせば、新たに雇用保険被保険者資格取得届の提出対象となります。パート・アルバイトなど短時間労働者を多く雇用している事業所においては、施行に向けて労務管理体制や給与計算システムの対応を早めに検討しておくことが望ましいでしょう。なお、この改正によって新たに被保険者や受給資格者となる方については、求職者支援制度の支援対象から除外しないことも明記されています。
10. よくある質問(Q&A)
Q1. パート・アルバイトでも雇用保険被保険者資格取得届は必要ですか。 雇用形態にかかわらず、1週間の所定労働時間が20時間以上であり、かつ31日以上の雇用見込みがある場合は、雇用保険の被保険者に該当するため、資格取得届の提出が必要です。
Q2. 65歳以上の方を新たに雇用した場合も対象になりますか。 65歳以上の労働者も「高年齢被保険者」として雇用保険の適用対象となります。加入要件を満たす場合は、通常どおり資格取得届の提出が必要です。
Q3. 提出期限を過ぎてしまった場合、加入自体ができなくなりますか。 提出期限を過ぎても、賃金台帳や出勤簿など雇用の事実を証明する書類を添付することで、遡って手続きを行うことが可能です。ただし、速やかな是正が求められます。
Q4. 資格取得届は社会保険労務士に依頼できますか。 社会保険労務士は、社会保険労務士法に基づき、事業主に代わって雇用保険関係手続きを代行することが認められた専門家です。手続きの正確性や期限管理の観点から、社会保険労務士への相談・依頼を検討することも一つの方法です。
まとめ
雇用保険被保険者資格取得届は、雇用保険法第7条および同法施行規則第6条に基づき、事業主に提出が義務付けられている届出です。提出期限は「資格取得日の属する月の翌月10日まで」であり、管轄のハローワークに対して、窓口・郵送・電子申請のいずれかの方法で提出します。加入要件の判断や記載内容の正確性は、従業員が将来受け取る失業給付や育児休業給付などに直結するため、雇い入れの都度、要件確認と期限管理を徹底することが重要です。
また、2028年10月には雇用保険の適用範囲が「週10時間以上」に拡大される予定であり、短時間労働者を雇用する事業所は今後の制度改正の動向にも注意を払う必要があります。手続きに不安がある場合や、自社の労務管理体制に不安がある場合は、社会保険労務士など専門家への相談を検討されることをおすすめします。
参考文献・出典
本記事は、以下の法令および行政官庁の公表資料に基づいて作成しています。
- 雇用保険法(昭和49年法律第116号)|e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/349AC0000000116
- 雇用保険法施行規則(昭和50年労働省令第3号)|e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/350M50002000003/
- 厚生労働省「雇用保険の各種手続きについて(手続き一覧表)」 https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/koyouhoken/tetsuduki_ichiran01.html
- 厚生労働省「雇用保険制度Q&A~事業主の皆様へ」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000140565.html
- 厚生労働省「2020年4月から特定の法人について電子申請が義務化されます」 https://www.mhlw.go.jp/content/000511981.pdf
- 厚生労働省「雇用保険法施行規則の一部を改正する省令」(様式第2号) https://www.mhlw.go.jp/hourei/doc/hourei/H250128L0010.pdf
- 厚生労働省「雇用保険法等の一部を改正する法律等の概要」(令和6年6月21日 労働政策審議会職業安定分科会 参考資料) https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/001266437.pdf
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。具体的な手続きについては、管轄のハローワークまたは顧問社会保険労務士など専門家にご相談ください。 ※本記事の内容は執筆時点の法令・情報に基づいています。制度は改正される場合がありますので、最新の情報は厚生労働省・ハローワークの公式情報をご確認ください。
