最低賃金は、時給・日給・月給を問わず、企業が労働者に支払う賃金の下限を定める制度です。なかでも東京都の地域別最低賃金は、例年、全国で最も高い水準を記録しており、企業の賃金設計や採用戦略に大きな影響を与えます。
本記事では、社会保険労務士の立場から、東京都の最低賃金の推移について、厚生労働省・東京労働局が公表している一次資料および最低賃金法の条文に基づき、できるだけ客観的かつ正確に整理します。税務に関する内容は含みません。
1. 東京都の最低賃金の現在額
東京都の地域別最低賃金(時間額)は、2025年(令和7年)10月3日から1,226円です。東京地方最低賃金審議会の審議・答申を経て、東京労働局長が同年9月3日に官報公示し、10月3日に効力が発生しました。改定前の1,163円から63円(引上げ率5.42%)の引き上げとなっています。
この最低賃金は、正社員、契約社員、パートタイマー、アルバイト、学生、外国人労働者などの雇用形態・呼称にかかわらず、東京都内の事業場で働くすべての労働者(都内の事業場に派遣中の労働者を含む)に適用されます。
出典:東京労働局「東京都最低賃金を1,226円に引上げます」(令和7年9月)
2. 最低賃金制度の法的根拠
最低賃金制度は、最低賃金法(昭和34年法律第137号)に基づく制度です。同法第1条は、賃金の低廉な労働者について賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的として掲げています。
最低賃金には、都道府県ごとに定められる「地域別最低賃金」と、特定の産業について定められる「特定最低賃金」の2種類があります。同法第9条第1項は、賃金の低廉な労働者について賃金の最低額を保障するため、地域別最低賃金をあまねく全国各地域について決定しなければならない旨を定めています。東京都の最低賃金として通常話題になるのは、このうちの地域別最低賃金です。
出典:最低賃金法(e-Gov法令検索)
3. 東京都の最低賃金額の推移(過去10年間)
厚生労働省は、平成14年度から令和7年度までの地域別最低賃金の改定状況を一覧としてホームページ上で公表しています。これと、各年度の東京労働局・ハローワーク発表資料をあわせて確認すると、東京都の最低賃金は次のように推移してきました。
| 年度(発効日) | 時間額 | 前年度からの引上げ額 |
|---|---|---|
| 平成27年度(2015年10月1日発効) | 907円 | — |
| 平成28年度(2016年10月1日発効) | 932円 | +25円 |
| 平成29年度(2017年10月1日発効) | 958円 | +26円 |
| 平成30年度(2018年10月1日発効) | 985円 | +27円 |
| 令和元年度(2019年10月1日発効) | 1,013円 | +28円 |
| 令和2年度 | 1,013円(据え置き) | ±0円 |
| 令和3年度(2021年10月1日発効) | 1,041円 | +28円 |
| 令和4年度(2022年10月1日発効) | 1,072円 | +31円 |
| 令和5年度(2023年10月1日発効) | 1,113円 | +41円(3.82%) |
| 令和6年度(2024年10月1日発効) | 1,163円 | +50円 |
| 令和7年度(2025年10月3日発効) | 1,226円 | +63円(5.42%) |
出典:厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」(平成14年度から令和7年度までの地域別最低賃金改定状況)、東京労働局・ハローワーク各年度公表資料
この10年間で、東京都の最低賃金は907円から1,226円へと、319円(約35%)上昇したことになります。
4. 推移から読み取れる3つの特徴
4-1 一貫した上昇基調
上表のとおり、東京都の最低賃金は令和2年度を除き、毎年度引き上げが続いています。これは全国的な傾向とも一致しており、最低賃金法第9条第2項が「地域における労働者の生計費及び賃金並びに通常の事業の賃金支払能力を考慮して定められなければならない」と規定していることを踏まえ、物価動向や賃金相場の変化に応じた見直しが継続的に行われてきた結果といえます。
4-2 令和2年度は据え置き
令和2年度(2020年度)は、前年度の1,013円から据え置かれ、引き上げが行われませんでした。新型コロナウイルス感染症の拡大による中小企業・小規模事業者への影響を踏まえた判断であり、東京都に限らず全国的に同様の対応がとられた年度です。
4-3 近年は引き上げ幅が拡大
令和3年度以降は引き上げが再開され、特に令和5年度以降は、引き上げ額・引き上げ率がそれ以前と比べて大きくなっています。令和6年度は50円、令和7年度は63円の引き上げとなっており、これは東京都に限らず全国的な物価上昇や人手不足を背景とした動きです。
5. なぜ東京都の最低賃金は全国最高水準なのか
厚生労働省が公表した「令和7年度地域別最低賃金全国一覧」によれば、令和7年度の全国加重平均は1,121円であり、東京都の1,226円はこれを105円上回る全国第1位の水準です(第2位は神奈川県の1,225円)。
最低賃金法第9条第2項・第3項は、地域別最低賃金を定めるにあたり、地域における労働者の生計費及び賃金、通常の事業の賃金支払能力を考慮すること、また労働者の生計費を考慮するにあたっては、労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性に配慮することを求めています。東京都は物価水準・賃金水準ともに全国で高い地域であるため、この考慮要素に基づき、結果として最低賃金額も全国最高水準となっています。
出典:厚生労働省「令和7年度地域別最低賃金全国一覧」、最低賃金法第9条
6. 最低賃金はどのように決まるのか(決定プロセス)
地域別最低賃金の改定は、以下のような手続きを経て決定されます。
- 中央最低賃金審議会による目安の答申:厚生労働大臣の諮問を受けた中央最低賃金審議会が、都道府県を賃金水準等に応じてA〜Cのランクに分類し、各ランクの引上げ額の「目安」を審議・答申します。
- 地方最低賃金審議会による調査審議・答申:中央最低賃金審議会の目安を参考にしつつ、都道府県労働局長の諮問を受けた地方最低賃金審議会(東京都の場合は東京地方最低賃金審議会)が、地域の賃金実態調査等を踏まえて独自に審議し、答申を行います。
- 都道府県労働局長による決定・公示:答申を受けて、都道府県労働局長が最低賃金額を決定し、官報公示します。公示から一定期間を経て効力が発生します。
この手続きは、最低賃金法第10条において「厚生労働大臣又は都道府県労働局長は、一定の地域ごとに、中央最低賃金審議会又は地方最低賃金審議会の調査審議を求め、その意見を聴いて、地域別最低賃金の決定をしなければならない」と定められています。中央最低賃金審議会の目安は、あくまで審議の参考であり、都道府県ごとの最終的な決定額そのものではない点に留意が必要です。
出典:最低賃金法第10条、厚生労働省・中央最低賃金審議会関係資料
7. 最低賃金の対象となる労働者・適用範囲
最低賃金法第4条第1項は「使用者は、最低賃金の適用を受ける労働者に対し、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならない」と定めています。この効力は、正社員・契約社員・パートタイマー・アルバイト・学生・外国人労働者など、雇用形態や呼称を問わず、原則としてすべての労働者に及びます。
また、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律第44条第1項に規定する派遣中の労働者については、最低賃金法第13条により、派遣元ではなく派遣先の事業場に適用される最低賃金が適用される旨が定められています。したがって、東京都以外に所在する派遣会社から東京都内の企業へ派遣される労働者についても、東京都の最低賃金が適用されます。
なお、最低賃金と比較する賃金には、精皆勤手当、通勤手当及び家族手当、賞与など1か月を超える期間ごとに支払われる賃金、時間外・休日・深夜労働の割増賃金などは算入されません。これらは基本給や諸手当のうち、最低賃金の比較対象に含まれる部分とは区別して確認する必要があります。
出典:最低賃金法第4条・第13条、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律第44条
8. 最低賃金に違反した場合の罰則
最低賃金法第40条は、地域別最低賃金及び船員に適用される特定最低賃金について、第4条第1項の規定に違反した者(最低賃金額以上の賃金を支払わなかった使用者)は、50万円以下の罰金に処する旨を定めています。また、同法第42条は、法人の代表者や使用人等が業務に関して違反行為をした場合、行為者本人だけでなく、その法人等に対しても罰金刑を科す両罰規定を置いています。
実際に、最低賃金額を下回る賃金しか支払わなかったとして、労働基準監督署が使用者を最低賃金法違反の疑いで検察庁に書類送検した事例も、厚生労働省・都道府県労働局から公表されています。最低賃金の遵守は、単なる努力目標ではなく、罰則を伴う法的義務である点を認識しておく必要があります。
出典:最低賃金法第40条・第42条
9. 地域別最低賃金と特定最低賃金の関係
最低賃金には、都道府県単位で定められる地域別最低賃金のほか、特定の産業について労使の申出に基づき定められる特定(産業別)最低賃金があります。両者が適用される場合、最低賃金法第6条は、いずれか高い方の最低賃金額が適用される旨の考え方を採用しており、特定最低賃金が地域別最低賃金を下回る場合であっても、地域別最低賃金については引き続き第4条第1項及び第40条(罰則)の適用があるとされています。自社の事業が特定最低賃金の対象業種に該当するかどうかは、東京労働局が公表している特定最低賃金の一覧で個別に確認する必要があります。
出典:最低賃金法第6条、東京労働局「東京都の特定最低賃金」関係資料
10. 令和8年度(2026年度)の最低賃金の動向
2026年7月28日、中央最低賃金審議会は、令和8年度の地域別最低賃金額改定の目安として、都道府県のランク区分に応じてAランク54円、B・Cランク56円の引上げ額を答申しました。東京都はAランクに区分されているため、目安どおりに改定された場合、単純計算では現行の1,226円から54円引き上げられる可能性がありますが、これはあくまで中央最低賃金審議会が示した目安であり、東京都の最終的な改定額・発効日ではありません。
実際の金額は、この目安を参考にしながら、東京地方最低賃金審議会が地域の賃金実態調査等を踏まえて改めて審議・答申し、東京労働局長が最終的に決定・官報公示するという、本記事の「6. 最低賃金はどのように決まるのか」で述べた手続きを経て確定します。企業の人事労務担当者は、正式な決定額が公表されるまで、目安の数値をそのまま確定額として扱わないよう注意が必要です。
出典:厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について」(中央最低賃金審議会、2026年7月)
11. 企業が実務上注意すべきポイント
最低賃金の改定にあたり、企業の人事労務担当者としては、次のような点を確認しておくことが重要です。
- 月給制・日給制の労働者の時給換算:月給を月平均所定労働時間で除するなどして時間額に換算し、最低賃金額を下回っていないか確認する必要があります。
- 固定残業代(固定残業手当)の取扱い:固定残業代を導入している場合であっても、基本給部分が最低賃金額を下回っていないかを別途確認する必要があります。
- 改定日をまたぐ給与計算:発効日の前後で異なる最低賃金額が適用されるため、給与計算期間の途中で改定日を迎える場合の取扱いをあらかじめ整理しておく必要があります。
- 派遣労働者の適用基準:前述のとおり、派遣先の事業場に適用される最低賃金が基準となるため、派遣元・派遣先双方での確認が求められます。
これらの実務対応に不安がある場合は、最寄りの労働基準監督署、東京労働局、または社会保険労務士に相談することをおすすめします。
まとめ
東京都の最低賃金は、令和2年度の据え置きを除き、この10年間一貫して引き上げが続いており、2025年10月3日時点で時間額1,226円と、全国で最も高い水準にあります。最低賃金は最低賃金法に基づく法的義務であり、違反した場合には罰則の対象となる点、また派遣労働者や月給制労働者への適用方法など、実務上確認すべき論点も少なくありません。
令和8年度についても引き上げが見込まれていますが、正式な金額・発効日は、東京地方最低賃金審議会の審議・答申と東京労働局長の決定を経て確定します。企業としては、厚生労働省・東京労働局が公表する一次情報を継続的に確認しながら、適切な賃金管理を行うことが求められます。
参考文献・出典一覧
- 厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/index.html - 厚生労働省「令和7年度地域別最低賃金全国一覧」(PDF)
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001571192.pdf - 東京労働局「東京都最低賃金を1,226円に引上げます(令和7年10月3日~)」
https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-hellowork/list/ouji/important_topics/071003_saiteitingin.html - 東京労働局「東京都最低賃金を1,113円に引上げます」(令和5年度)
https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/news_topics/houdou/20220901chinginka_00004.html - ハローワーク八王子「東京都最低賃金改正のお知らせ(令和3年10月1日より)」
https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-hellowork/list/hachioji/important_topics/kaityoujikan_00019.html - 最低賃金法(昭和34年法律第137号)|e-Gov法令検索
https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000137 - 厚生労働省・中央最低賃金審議会(目安に関する小委員会)関係資料
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-tingin_127941.html
※本記事は2026年8月時点で公表されている一次資料に基づき作成しています。最低賃金額は毎年度改定されるため、最新情報は厚生労働省・東京労働局の公式ページでご確認ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の労務管理・法的判断については、顧問社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
