はじめに-「譴責」という言葉に不安を感じていませんか
「就業規則に『譴責』と書いてあるが、具体的に何をすればよいのか分からない」「従業員に譴責処分を出したいが、手続きに不備がないか心配」——企業の人事・労務担当者からは、こうしたご相談を数多くいただきます。
譴責は懲戒処分の中でもっとも軽い部類に位置づけられますが、だからといって「軽く扱ってよい処分」ではありません。懲戒処分である以上、労働契約法や労働基準法の規制を受け、手続きを誤れば無効と判断されるリスクもあります。
本記事では、社会保険労務士の立場から、法令の条文・厚生労働省の公表資料など一次情報のみを根拠として、譴責の法的位置づけ、有効要件、実務上の手続きの流れを解説します。特定の企業や個人を誹謗中傷する意図は一切なく、あくまで制度の正確な理解を目的とした一般的な解説であることをあらかじめお断りいたします。
1. 懲戒処分とは何か-譴責はその一種
懲戒処分とは、企業秩序に違反した労働者に対して、使用者が制裁として科す不利益措置です。労働契約法第15条は、次のように定めています。
第十五条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
(出典:労働契約法|e-Gov法令検索)
この条文からわかるとおり、懲戒処分は「使用者が労働者を懲戒することができる場合」であることが前提です。つまり、就業規則等にあらかじめ懲戒の種類・事由が定められていなければ、そもそも懲戒権を行使することはできません。譴責も懲戒処分の一種である以上、この規制の対象となります。
なお、懲戒処分の種類そのものについて、労働基準法に明文の定めはありません。唯一、減給の制裁についてのみ、労働基準法第91条が上限を定めています。
第九十一条 就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。
(出典:労働基準法|e-Gov法令検索)
譴責は、後述のとおり金銭的な不利益(賃金カット)を直接伴わない処分であるため、労働基準法第91条の減給制限は原則として適用されません。ただし、譴責の実施を理由として賞与・昇給等の査定に影響させる場合は、実質的に不利益処分としての性格を帯びるため、就業規則の規定内容や運用実態を慎重に確認する必要があります。
2. 譴責を含む懲戒処分は就業規則への規定が絶対条件
懲戒処分(譴責を含む)を行うためには、就業規則に懲戒の種類および事由を明記しておくことが不可欠です。労働基準法第89条は、常時10人以上の労働者を使用する事業場に対し、就業規則の作成・届出義務を課しており、その中に「制裁」に関する事項が含まれています。
第八十九条 常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。(中略) 九 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
(出典:労働基準法|e-Gov法令検索)
「制裁の定めをする場合」という文言のとおり、懲戒制度自体は法律上の義務ではありません。しかし、いったん就業規則に制裁の定めを設ける以上は、その種類(譴責・減給・出勤停止・懲戒解雇等)と程度(対象となる事由)を明記しなければならないとされています。
なお、常時10人未満の労働者を使用する事業場には就業規則の作成・届出義務そのものがありませんが、懲戒処分を行うのであれば、規模を問わず、あらかじめ書面等で懲戒事由と処分の種類を労働者に周知しておくことが望ましいと考えられます。就業規則の具体的な規定方法については、厚生労働省が公表している「モデル就業規則」が参考になります。
(参考:モデル就業規則について|厚生労働省)
厚生労働省のモデル就業規則では、懲戒の種類として、けん責、減給、出勤停止、懲戒解雇等の区分を設け、それぞれの処分に対応する懲戒事由を列挙する構成が採られています。自社の就業規則を作成・見直しする際は、このモデル就業規則の構成を参考にしつつ、自社の実態に即した規定へと調整することが重要です。
3. 「譴責」「けん責」「戒告」の違い-実務上どう使い分けるか
就業規則を確認すると、企業によって「譴責」「けん責」「戒告」といった異なる表記が用いられていることがあります。これらはいずれも法律上の定義がある用語ではなく、各企業が就業規則の中で独自に意味づけをしているのが実情です。
一般的な実務上の整理としては、次のような傾向が見られます。
- 譴責(けんせき):従業員に始末書を提出させたうえで、将来を戒める処分
- 戒告:始末書の提出を求めず、口頭または文書で厳重に注意し、将来を戒める処分
いずれも懲戒処分の中では最も軽い部類に位置づけられ、経済的な不利益(賃金カット等)を直接伴わない点が共通しています。もっとも、これらの呼称や内容の区分は法令上一義的に決まっているものではないため、実際にどちらの処分がどのような効果を持つかは、各社の就業規則の規定内容によって確定します。就業規則を作成・改定する際は、「譴責」と「戒告」を両方設ける場合、それぞれの処分内容(始末書提出の要否等)の違いを明確に規定しておくことが、後日のトラブル防止につながります。
4. 譴責処分が有効となるための要件
譴責は軽い処分とはいえ、懲戒処分である以上、労働契約法第15条の規制を免れることはできません。同条によれば、懲戒処分が有効と認められるためには、少なくとも次の2つの要件を満たす必要があります。
(1)客観的に合理的な理由があること
就業規則に定められた懲戒事由に、労働者の行為が実際に該当していることが必要です。単なる使用者の主観的な評価や心証だけでは足りず、客観的な事実に基づく理由が求められます。
(2)社会通念上相当であると認められること
行為の性質・態様、結果の重大性、労働者の故意・過失の程度、これまでの勤務態度、同種事案における過去の処分との均衡など、諸般の事情を総合的に考慮して、当該処分が相当な範囲にとどまっているかが問われます。
譴責は懲戒処分の中で最も軽い処分であるため、重い処分(出勤停止や懲戒解雇)と比較すれば「相当性」が否定される場面は少ないと考えられます。しかし、軽微な事案に対して過剰な処分を繰り返す、あるいは懲戒事由に該当しない行為を理由に譴責を行うといった場合には、権利濫用として無効と判断されるリスクが残ります。就業規則の懲戒事由の定め方と、実際の適用にあたっての公平性・一貫性の確保が実務上のポイントです。
5. 譴責処分を実施する際の具体的な手続きの流れ
譴責処分を有効かつ適正に行うためには、次のような手続きを踏むことが望まれます。
ステップ1:事実関係の調査・確認
懲戒事由に該当する事実の有無について、関係者へのヒアリングや客観的資料の収集を通じて、正確に把握します。憶測や伝聞のみに基づく処分は、後日その有効性が争われた際に不利に働く可能性があります。
ステップ2:懲戒事由該当性・相当性の検討
就業規則に定められた懲戒事由に該当するか、また譴責という処分が事案の重さに見合っているかを検討します。
ステップ3:本人への弁明の機会の付与
懲戒処分を行うにあたっては、対象となる労働者に事情を説明し、弁明する機会を設けることが望ましい対応とされています。就業規則に弁明手続きを定めている場合は、その手続きに従う必要があります。
ステップ4:始末書の提出(該当する場合)
就業規則上、譴責処分に始末書の提出を伴うと定めている場合は、その提出を求めます。始末書の提出を強制すること自体の可否や、提出を拒否した場合の取扱いについては、就業規則の規定内容や個別の事情を踏まえた慎重な検討が必要です。
ステップ5:処分の通知と記録の保存
処分内容を書面で通知し、実施した処分の内容・理由・手続きの経過を記録として保存します。将来、同種事案が発生した際の公平な処分判断の基礎資料としても重要です。
6. 譴責処分が労働者に与える影響と実務上の留意点
譴責処分そのものは、直接的な賃金カットを伴わない処分ですが、実務上は次のような場面で影響が生じ得ます。
- 人事評価・昇給・賞与査定への反映:就業規則や人事評価制度上、懲戒歴が評価に反映される定めがある場合、譴責の事実が間接的に賃金等の労働条件に影響することがあります。
- 昇進・昇格の選考における考慮事情:懲戒歴が選考基準の一要素とされている場合があります。
社会保険労務士の立場から申し上げると、譴責は「一番軽い処分だから安易に運用してよい」というものではなく、懲戒処分である以上、事実確認・弁明の機会の付与・記録の保存といった適正な手続きを一貫して踏むことが、企業と労働者双方にとってのトラブル防止につながります。特に、同種の事案について処分の重さに差が生じる(不公平な運用となる)ことのないよう、社内で処分基準・過去の運用実績を一元管理しておくことが望ましいでしょう。
7. 就業規則における譴責の規定例(考え方の整理)
就業規則に譴責を規定する際は、少なくとも次の内容を明確にしておくことが重要です。
- 懲戒の種類として「譴責」を設けること
- 譴責に該当する懲戒事由(服務規律違反等)を具体的に列挙すること
- 譴責処分の内容(始末書提出の要否等)
- 弁明の機会など、処分に至るまでの手続き
厚生労働省のモデル就業規則では、懲戒の種類と事由を章立てて整理する構成が採用されています。自社の実態に即した規定へのカスタマイズにあたっては、モデル就業規則の構成を土台としつつ、業種・職種特性に応じた懲戒事由の追加や、手続き規定の明確化を検討するとよいでしょう。
(参考:モデル就業規則について|厚生労働省)
8. まとめ-譴責処分は「軽いからこそ」丁寧な運用を
本記事では、社会保険労務士の立場から、譴責を含む懲戒処分の法的根拠と実務上の留意点を、法令の条文および厚生労働省の公表資料に基づいて解説しました。ポイントを整理すると、以下のとおりです。
- 譴責は懲戒処分の一種であり、労働契約法第15条の懲戒権濫用法理の適用を受ける
- 懲戒処分(譴責を含む)を行うには、就業規則にあらかじめ種類・事由を定めておくことが必要(労働基準法第89条第9号)
- 「譴責」「戒告」等の呼称・内容は法令上一律ではなく、各社の就業規則の規定内容による
- 有効な譴責処分には「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が求められる
- 事実確認・弁明の機会の付与・記録の保存といった手続きの適正さが、トラブル防止の鍵となる
懲戒処分の運用は、就業規則の規定内容や個別の事案によって判断が分かれる、専門性の高い分野です。自社の懲戒規定の整備や、具体的な処分の実施にあたって不安がある場合は、早めに顧問社会保険労務士など専門家への相談をご検討ください。
参考文献・出典一覧
※本記事は、上記の法令条文および厚生労働省公表資料のみを根拠として作成した一般的な解説であり、個別の事案における法的判断を保証するものではありません。実際の懲戒処分の実施にあたっては、就業規則の規定内容および個別の事情を踏まえ、顧問社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。
