従業員が就業規則に違反する行為や社内の秩序を乱す行為をした場合、企業は懲戒処分としてその従業員の賃金を減らす「減給」の制裁を検討することがあります。しかし、減給は労働者の生活に直結する重い処分であるため、労働基準法によって明確な上限が定められています。この上限を超えて減給を行うと、たとえ就業規則に定めがあったとしても違法となり、労働基準監督署からの是正指導や罰則の対象となる可能性があります。
本記事では、社会保険労務士の立場から、労働基準法第91条を中心とした一次情報(法令条文・厚生労働省の解釈通達・行政機関が公表する資料)にもとづき、懲戒処分としての減給の法的な仕組み、上限額の計算方法、実務上の注意点を体系的に整理します。就業規則の見直しや懲戒処分の検討をされている企業担当者、また自身が減給処分を受けた労働者の方にも、正確な理解の一助となれば幸いです。
なお、本記事は執筆時点で公表されている法令・通達等にもとづく一般的な解説であり、個別の事案における適法性の判断や紛争対応については、必ず社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。
懲戒処分における「減給」の位置づけ
懲戒処分の種類
企業が労働者に対して行う懲戒処分には、一般的にいくつかの段階があります。厚生労働省が公表している「モデル就業規則」(厚生労働省労働基準局監督課)では、懲戒の種類として、けん責、減給、出勤停止、懲戒解雇の4種類が例示されています。
このうち「減給」は、けん責(始末書を提出させて将来を戒める処分)よりも重く、出勤停止よりは軽いとされる中間的な処分として位置づけられるのが一般的です。ただし、懲戒の種類やその軽重の区分は法律で一律に定められているものではなく、各企業が就業規則で独自に定めることができます。
就業規則への記載が前提となる
懲戒処分としての減給を行うためには、あらかじめ就業規則にその根拠となる規定を設けておく必要があります。労働基準法第89条は、常時10人以上の労働者を使用する事業場に対し、就業規則の作成・届出義務を課すとともに、記載すべき事項を定めています。
同条第9号には「表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項」が、就業規則に定める場合には必ず記載しなければならない事項(相対的必要記載事項)として挙げられています。
参考:労働基準法|e-Gov法令検索(労働基準法第89条)
つまり、就業規則に懲戒事由や減給の制裁に関する規定がなければ、企業は労働者に対して減給処分を行うことができません。これは、あらかじめ定められたルールに違反した場合にのみ制裁を科すことができるという「罪刑法定主義」的な考え方が、労働関係にも及んでいるためと理解されています。
減給の制裁を制限する労働基準法第91条
懲戒処分としての減給には、労働基準法第91条によって明確な上限が設けられています。まずは条文そのものを確認しましょう。
労働基準法第91条(制裁規定の制限) 就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。
この条文が定めている制限は、次の2つに整理できます。
- 1回の減給額の上限:平均賃金の1日分の半額を超えてはならない
- 一賃金支払期における減給総額の上限:その賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えてはならない
この2つの上限は「どちらか一方を満たせばよい」というものではなく、両方を同時に満たす必要がある、いわば二重の制限構造になっている点が実務上とても重要です。
なぜこのような制限が設けられているのでしょうか。厚生労働省の「スタートアップ労働条件」サイトの解説では、この規定の趣旨について、「労務の提供によりすでに発生している賃金債権を無制限に減額することを認めた場合に、労働者の生活に著しい影響を及ぼす可能性があることから、減給の限度額について定められたもの」と説明されています。
参考:懲戒処分を科すにあたり、減給処分として賞与を全額不支給とすることは可能でしょうか?|事業者・労務管理担当の方のQ&A|スタートアップ労働条件(厚生労働省)
すでに労働の対価として発生した賃金債権を、使用者が一方的に、かつ無制限に削ることができてしまえば、労働者の生活基盤が大きく損なわれかねません。労働基準法第91条は、企業秩序を維持するための懲戒権と、労働者の生活を守るための賃金保護との調整を図る規定であるといえます。
上限①:1回あたりの減給額(平均賃金の1日分の半額)
平均賃金の算定方法
減給額の上限を計算するためには、まず「平均賃金」を正しく算定する必要があります。平均賃金の算定方法は、労働基準法第12条に定められています。
労働基準法第12条(平均賃金) この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。
平均賃金は、解雇予告手当(労基法第20条)、休業手当(同第26条)、年次有給休暇の賃金(同第39条)、災害補償(同第76条〜第82条)、そして減給の制裁の限度額(同第91条)など、労働者の生活保障にかかわる複数の場面で共通の算定尺度として用いられています。この点は、宮城労働局や千葉労働局など各地の労働局が公表している解説資料でも確認できます。
減給の制裁における平均賃金の算定事由発生日は、「減給の制裁の意思表示が相手方に到達した日」とされています(長野労働局公表の労働条件ハンドブックなど、各労働局の解説資料に共通する整理です)。
具体的な計算イメージ
たとえば、ある労働者の直近3か月間の賃金総額が90万円、その期間の暦日数が90日であった場合、平均賃金は次のとおりです。
- 平均賃金 = 90万円 ÷ 90日 = 1日あたり1万円
- 1回の減給額の上限 = 平均賃金1日分の半額 = 1万円 × 1/2 = 5,000円
つまり、この労働者に対して1つの懲戒事由(1回の非違行為)を理由に減給処分を行う場合、たとえその行為によって会社に多額の損害が生じていたとしても、1回の処分で減給できる金額は5,000円が上限となります。これを超える減給を行えば、その超過部分について労働基準法第91条違反となります。
なお、賃金が日給制・時間給制・出来高払制などによって定められている場合には、平均賃金の算定にあたって最低保障額(労働基準法第12条第1項ただし書)との比較計算が必要になる点にも注意が必要です。この計算方法は各労働局の解説資料でも詳しく紹介されています。
上限②:一賃金支払期における減給総額(賃金総額の10分の1)
「一賃金支払期」とは
労働者が複数の懲戒事由(複数回の非違行為)を起こした場合、企業はそれぞれの事案について個別に減給処分を科すこと自体は可能です。しかし、同一の賃金支払期間(多くの企業では給与の締め日から締め日までの1か月間)に実施される減給の合計額には、別途上限が設けられています。
それが、「一賃金支払期における賃金の総額の10分の1」という上限です。ここでいう「一賃金支払期」とは、就業規則等で定められた賃金の締切期間(例:毎月1日から末日まで)を指します。
具体的な計算イメージ
たとえば、月給制の労働者について、ある賃金支払期における賃金総額が30万円であった場合、その支払期に実施できる減給の総額は次のとおりです。
- 減給総額の上限 = 賃金総額 × 1/10 = 30万円 × 1/10 = 3万円
仮に平均賃金1日分の半額が5,000円である労働者が、同一の賃金支払期間中に6件の懲戒事由を起こしたとすると、単純計算では5,000円×6回=3万円となり、上限ちょうどに達します。もし7件目の事案が発生した場合、7件目分の減給(5,000円)はこの賃金支払期には実施できず、その超えた部分は次の賃金支払期に繰り越して減給する必要があります。
この考え方は、社会保険労務士向けの実務解説等でも一般的に整理されている内容であり、労働基準法第91条が「①1回の減給額」と「②支払期ごとの総額」という二重の枠組みで労働者の生活を保護していることがよくわかる具体例といえます。
また、「一賃金支払期における賃金の総額」とは、その支払期に現実に支払われる賃金の総額を指すとされ、欠勤や遅刻等によって当該支払期の賃金総額が少なくなった場合には、その少なくなった後の賃金総額を基礎として10分の1を計算する必要があるとされています。この解釈は、労働基準法の解釈例規である昭和63年3月14日付基発第150号・婦発第47号によって示されているものです。
賞与(ボーナス)に対する減給制裁は認められるか
懲戒処分として、月例賃金ではなく賞与(ボーナス)から減給を行いたいという相談も少なくありません。この点について、厚生労働省の「スタートアップ労働条件」サイトのQ&Aでは、次のように整理されています。
労働基準法第11条は、賃金の定義について「賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」と規定しており、賞与も賃金に含まれるとされています。したがって、懲戒処分として賞与を減額する場合であっても、労働基準法第91条の制限の適用を受けることになり、1回の懲戒事由について平均賃金の2分の1を超え、また総額について一賃金支払期における賞与額の10分の1を超えることはできません(前掲・昭63.3.14基発150号・婦発47号)。
このため、懲戒処分を理由として賞与を全額不支給とすることは、労働基準法第91条に違反し、認められません。
参考:懲戒処分を科すにあたり、減給処分として賞与を全額不支給とすることは可能でしょうか?|スタートアップ労働条件(厚生労働省)
「減給の制裁」に該当しないケース
労働基準法第91条が適用されるのは、あくまで懲戒処分としての制裁として賃金を減額する場合です。次のようなケースは、性質上「減給の制裁」には該当しないと整理されています。
遅刻・早退・欠勤に対応する賃金カット(ノーワーク・ノーペイの原則)
労働者が遅刻・早退・欠勤をした場合、その労務を提供しなかった時間に対応する賃金を支払わないことは、そもそも「労働の対償」としての賃金が発生していないだけであり、制裁としての減給ではありません。これはノーワーク・ノーペイの原則にもとづくものです。
ただし、実際の不就労時間分を上回る金額を控除する場合(たとえば「遅刻1回につき一律1日分の賃金を控除する」といった規定)は、その超過部分が制裁としての性質を持つと解され、労働基準法第91条の規律を受ける可能性がある点に注意が必要です。
出勤停止処分にともなう賃金の不支給
出勤停止は、一定期間労働者の就労を禁止する懲戒処分です。出勤停止期間中は労働者が労務を提供していないため、その期間分の賃金が支払われないのは当然の帰結であり、労働基準法第91条にいう「減給の制裁」には該当しないと解されています。したがって、たとえば10日間の出勤停止処分を科した場合、その10日分の賃金を支給しないこと自体は、同条違反にはなりません。
降格処分にともなう賃金テーブルの変更
懲戒処分として降格を行い、その結果として適用される賃金テーブル(役職手当や職務給等)が変更され、賃金額が下がる場合についても、これは職務・地位の変更にともなう当然の結果であることから、減給の制裁には該当しないと解されています(昭和26年3月14日付基収第518号)。
勤務評価にもとづく賞与算定における不就労期間の扱い
賞与の支給額を勤務評価にもとづいて算出する制度において、算定期間中の不就労期間に対応する賞与額を減額することも、労働基準法第91条にいう減給の制裁には該当しないと解されています。
これらの整理は、いずれも前掲の厚生労働省「スタートアップ労働条件」サイトのQ&Aで確認できます。
参考:懲戒処分を科すにあたり、減給処分として賞与を全額不支給とすることは可能でしょうか?|スタートアップ労働条件(厚生労働省)
実務上の留意点:社会保険労務士の視点から
減給処分を適法かつ適正に行うためには、労働基準法第91条の上限額を守るだけでは十分とはいえません。企業実務においては、以下の点にも留意する必要があります。
就業規則への明確な規定整備
前述のとおり、就業規則に懲戒の種類・事由・程度が明記されていなければ、そもそも減給処分を行うことができません。懲戒事由の内容が抽象的すぎる、あるいは減給の上限計算方法が就業規則上不明確であるといった状態は、後の労使トラブルの原因になりやすいため、規定の見直しは重要です。
手続の適正性(弁明の機会の付与など)
労働基準法第91条は減給の「金額」の上限を定めるものですが、懲戒処分そのものが有効と認められるためには、処分の手続が適正であることも重要な要素とされています。対象となる労働者に弁明の機会を与える、証拠を十分に精査するといった手続を経ずに行われた懲戒処分は、金額が上限内であっても、処分自体の相当性が問われる可能性があります。
一事不再理の原則
1つの懲戒事由に対して重ねて処分を科すこと(いわゆる二重処罰)は、一般に相当性を欠くものとして問題視されます。減給処分を検討する際は、同一の事案について既に別の処分(けん責等)を行っていないかを確認することも大切です。
就業規則の変更にあたっての手続
減給に関する規定を新設・変更する場合には、労働基準法第90条にもとづき、労働者の過半数で組織する労働組合(ない場合は労働者の過半数を代表する者)の意見を聴いたうえで、所轄の労働基準監督署長へ届け出る必要があります。
参考:労働基準法|e-Gov法令検索(労働基準法第90条) 労働基準法の概要(就業規則)|静岡労働局
労働基準法第91条に違反した場合の罰則
労働基準法第91条の上限を超える減給を行った場合、当該事業主には罰則が科される可能性があります。労働基準法第120条は、第91条の規定に違反した者について「30万円以下の罰金」に処すると定めています。
労働基準法第120条(抜粋) 次の各号のいずれかに該当する者は、三十万円以下の罰金に処する。 一 (中略)第九十一条、(中略)の規定に違反した者
また、罰則の適用に至らない場合であっても、労働基準監督署による定期監督や労働者からの申告を契機として、事業場への調査が行われ、違反が確認されれば是正勧告等の行政指導が行われることがあります。上限を超える部分の減給は無効と判断される可能性が高く、企業は超過して控除した賃金相当額を労働者に支払う必要が生じることも想定されます。
まとめ
懲戒処分としての減給は、企業の秩序維持のために認められた手段である一方、労働者の生活の基盤である賃金を直接減らすものであるため、労働基準法第91条によって「①1回の減給額は平均賃金1日分の半額まで」「②一賃金支払期における減給総額は賃金総額の10分の1まで」という二重の上限が設けられています。
この上限を正しく理解し運用するためには、労働基準法第12条にもとづく平均賃金の算定方法や、出勤停止・降格・ノーワーク・ノーペイなど「減給の制裁に該当しないケース」との区別についても正確に把握しておくことが欠かせません。また、金額面の適法性だけでなく、就業規則への規定整備や、弁明の機会の付与といった手続面の適正性を確保することも、有効な懲戒処分を行ううえで重要なポイントです。
減給処分を含む懲戒制度の設計・運用に不安がある場合は、就業規則の内容や個別の事案の事情を踏まえたうえで、顧問社会保険労務士などの専門家に相談することをおすすめします。
参考資料・出典一覧
- 労働基準法|e-Gov法令検索(第11条・第12条・第89条・第90条・第91条・第120条)
- モデル就業規則について|厚生労働省
- 懲戒処分を科すにあたり、減給処分として賞与を全額不支給とすることは可能でしょうか?|事業者・労務管理担当の方のQ&A|スタートアップ労働条件(厚生労働省)
- 平均賃金の計算方法|宮城労働局
- 平均賃金(労働基準法第12条)|千葉労働局
- 労働基準法の概要(就業規則)|静岡労働局
本記事は執筆時点の法令・行政資料にもとづく一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法律相談に代わるものではありません。最新の法令・通達の内容については、必ず一次情報(e-Gov法令検索、厚生労働省ウェブサイト等)をご確認ください。
