じめに
「同一労働同一賃金」という言葉は、働き方改革の中でも特に企業実務への影響が大きいテーマの一つです。正社員とパート・有期雇用・派遣といった非正規雇用労働者との間にある待遇差について、「なぜ差があるのか」を説明できる状態にしておくことが、すべての企業に求められています。
本記事では、社会保険労務士の立場から、同一労働同一賃金の制度趣旨、根拠となる法令・ガイドライン、代表的な最高裁判例、そして2026年10月1日に施行される最新の制度改正までを、できるだけ平易な言葉で整理します。内容はすべて厚生労働省の公表資料や法令、裁判所の判例情報など、公的な根拠に基づいてまとめていますので、実務担当者の方にも安心してお読みいただけます。
なお、税務に関する事項は本記事の対象外としております。税務上の取扱いについては、税理士等の専門家にご確認ください。
同一労働同一賃金とは何か
同一労働同一賃金とは、同一の企業・団体内において、正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者)と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)との間で、基本給や賞与をはじめとするあらゆる待遇について、不合理な差を設けることを禁止する考え方です。厚生労働省の特設サイトにおいても、同一労働同一賃金の導入は、同一企業・団体内における正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間の不合理な待遇差を解消し、どのような雇用形態を選択しても納得できる処遇を受けられるようにすることを目的とすると説明されています。
ここで重要なのは、「同一労働同一賃金」という言葉から連想されがちな「同じ仕事をしていれば必ず同じ賃金にしなければならない」というルールではない、という点です。制度が求めているのは、待遇に差を設けること自体の禁止ではなく、「不合理な」待遇差の禁止です。職務内容や責任の程度、配置転換の範囲などに実質的な違いがあれば、それに応じた待遇差は認められます。問題となるのは、その差の理由を客観的に説明できない場合です。
同一労働同一賃金の法的根拠
同一労働同一賃金は、抽象的なスローガンではなく、明確な法律上の根拠に基づく制度です。企業規模を問わず、次の法律が適用の基礎となります。
パートタイム・有期雇用労働法(第8条・第9条)
パートタイム労働者・有期雇用労働者に関しては、「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(パートタイム・有期雇用労働法)が根拠法となります。
- 第8条(不合理な待遇の禁止/均衡待遇):職務の内容、職務内容・配置の変更の範囲、その他の事情のうち、当該待遇の性質・目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理な待遇差を禁止する規定です。
- 第9条(差別的取扱いの禁止/均等待遇):職務の内容、職務内容・配置の変更の範囲が通常の労働者と同一であるパートタイム・有期雇用労働者について、待遇について差別的取扱いをすることを禁止する規定です。
同法は大企業では2020年4月1日から、中小企業では2021年4月1日から全面施行されており、現在はすべての企業規模に適用されています。
労働者派遣法(第30条の3・第30条の4)
派遣労働者については、労働者派遣法が根拠法となります。派遣先の通常の労働者との均等・均衡を図る「派遣先均等・均衡方式」(第30条の3)と、一定要件を満たす労使協定により待遇を決定する「労使協定方式」(第30条の4)のいずれかの方式により、派遣労働者の待遇を確保することが義務付けられています。労働者派遣法における同一労働同一賃金関連規定は、2020年4月1日から施行されています。
これらの法律に共通する判断要素は、以下の3点です。
- 職務内容(業務の内容および責任の程度)
- 職務内容・配置の変更の範囲(転勤・昇進・人事異動の有無や範囲)
- その他の事情(労使交渉の経緯、定年後再雇用であることなど)
①②が通常の労働者と同一であれば「均等待遇」(同一の取扱い)が求められ、①②に違いがある場合でも、その違いに応じた範囲内で「均衡待遇」(バランスの取れた待遇)が求められます。
「同一労働同一賃金ガイドライン」とは
法律の条文だけでは、個々の待遇差が不合理かどうかの判断は容易ではありません。そこで厚生労働省は、待遇差の考え方と具体例を示した指針として「同一労働同一賃金ガイドライン」(短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針)を告示しています。当初の告示は平成30年厚生労働省告示第430号であり、その後、蓄積された最高裁判例の考え方を反映するかたちで改正されています。
ガイドラインでは、基本給、賞与、各種手当(役職手当、通勤手当、精皆勤手当、時間外労働手当の割増率など)、そして福利厚生(食堂・休憩室・更衣室の利用、慶弔休暇、病気休職、法定外の有給休暇など)や教育訓練について、それぞれ「問題とならない例」「問題となる例」が具体的に示されています。
ただし、リロクラブが公開している解説記事でも指摘されているとおり、ガイドラインは「掲載されている例だけを守ればよい」というチェックリストではありません。自社の制度が具体例にそのまま当てはまらない場合であっても、待遇の目的と実態に立ち返って、同様の考え方で待遇差の合理性を検討することが求められます。説明できない待遇差こそが、労使紛争の火種になり得るという指摘は、実務上非常に重要な視点です。
均等待遇と均衡待遇の違いをわかりやすく整理する
同一労働同一賃金の理解でつまずきやすいポイントが、「均等待遇」と「均衡待遇」の違いです。ここでは整理のために、具体的な考え方を示します。
- 均等待遇:職務内容も、職務内容・配置の変更の範囲も、通常の労働者とまったく同一である場合、待遇についても差別的な取扱いをしてはならず、同一の取扱いが求められます。
- 均衡待遇:職務内容や配置の変更の範囲に違いがある場合でも、その違いの程度に応じたバランスの取れた待遇とすることが求められます。差があること自体が問題なのではなく、差の大きさが実態に見合わない場合に「不合理」と評価されます。
事業主が実務で行うべき点検の手順としては、まず自社にいるパートタイム労働者・有期雇用労働者の待遇(賃金、教育訓練、福利厚生等)を洗い出し、正社員と同一か否かを確認したうえで、異なる場合にはその理由が職務内容や配置転換の範囲等の違いから説明可能かどうかを検証する、という流れが厚生労働省の解説でも示されています。説明ができないと判断される待遇差については、改善を検討することが求められます。
重要判例で学ぶ同一労働同一賃金
同一労働同一賃金ガイドラインだけでは判断が難しい論点について、最高裁判所の判例が重要な指針となっています。ここでは代表的な3つの判例を紹介します。判例の詳細は、裁判所ウェブサイトの判例検索システムで確認することができます。
ハマキョウレックス事件(最高裁判所第二小法廷 平成30年6月1日判決)
トラック運送会社における契約社員(有期雇用労働者)と正社員との間の各種手当の格差が争われた事案です。最高裁は、待遇差の不合理性を判断するにあたり、賃金項目ごとにその趣旨・目的を個別に考慮すべきとする判断枠組みを示しました。その結果、通勤手当・皆勤手当・給食手当・作業手当・無事故手当について、正社員と同様に支給しないことは不合理であると判断されました。この判決は、正規・非正規間の待遇格差をめぐる問題のリーディングケースとして位置づけられています。
長澤運輸事件(最高裁判所第二小法廷 平成30年6月1日判決)
定年退職後に嘱託社員(有期雇用労働者)として再雇用された労働者と、正社員との待遇差が争われた事案です。この事件では、職務内容だけでなく、職務内容・配置の変更の範囲も正社員と同一と認定された点が特徴です。最高裁は、定年後再雇用であるという事情は、待遇差が不合理と認められるか否かの判断において考慮される「その他の事情」に当たり得るとしました。あわせて、賞与の性質・目的(労務の対価の後払い、功労報償、生活費の補助、労働意欲の向上など)を踏まえた判断も示されており、後のガイドライン改正にも影響を与えています。
日本郵便事件(最高裁判所 令和2年10月15日判決等)
正社員と契約社員との間の扶養手当、年末年始勤務手当、病気休暇、夏期冬期休暇などの福利厚生的な待遇差が争われた事案です。最高裁は、長澤運輸事件の判断枠組みを踏まえ、賃金以外の労働条件の相違についても、個々の待遇の趣旨を個別に考慮すべきであるとの基準を示しました。この判決は、福利厚生分野における同一労働同一賃金の判断に大きな影響を与え、ガイドラインの改正にもその考え方が反映されています。
これらの判例に共通するのは、「待遇項目ごとに、その趣旨・目的に立ち返って合理性を検討する」という姿勢です。基本給や賞与といった大きな括りではなく、通勤手当・皆勤手当・扶養手当・病気休暇といった個々の待遇ごとに、なぜその待遇が設けられているのかを整理し、非正規雇用労働者にも同様の趣旨が及ぶかどうかを検討する必要があります。
事業主に求められる「待遇差の説明義務」
パートタイム・有期雇用労働法および労働者派遣法は、事業主に対して、非正規雇用労働者から求めがあった場合に、正社員との待遇差の内容やその理由について説明する義務を課しています。説明を求めたことを理由とする不利益取扱いも禁止されています。
この説明義務は、単に制度上の建前ではなく、労使間の情報の非対称性を解消し、納得感のある待遇決定を促すための実務的な仕組みです。説明を求められた際にその場で合理的な説明ができるよう、日頃から待遇差の理由を整理し、書面化しておくことが望まれます。
【最新情報】2026年10月1日施行の制度改正について
同一労働同一賃金に関するルールは、2020年(大企業)・2021年(中小企業)の施行から数年が経過した現在も、正社員との賃金格差が依然として見られる状況を踏まえ、パートタイム・有期雇用労働者の待遇改善をさらに進めるための改正が行われています。厚生労働省の発表によれば、2026年(令和8年)10月1日から、次の改正が施行・適用されます。
- 雇入れ時の労働条件明示事項の追加(パートタイム・有期雇用労働法施行規則の改正) パートタイム労働者・有期雇用労働者を雇い入れる際の労働条件明示事項に、「待遇の相違の内容・理由等に関する説明を求めることができる旨」を新たに追加することが定められました。労働条件通知書や雇用契約書の様式を、この改正に対応させておく必要があります。
- 同一労働同一賃金ガイドラインの改正(令和8年厚生労働省告示第203号) ガイドライン策定から積み重ねられてきた最高裁判例(前述の長澤運輸事件、日本郵便事件など)の考え方を反映するかたちで、ガイドラインの内容が補充・改正されました。改正後のガイドラインは2026年10月1日から適用されます。
- 雇用管理指針の改正 短時間・有期雇用管理者の選任など、事業主が講ずべき雇用管理の改善等に関する措置についての指針も、あわせて改正されています。
厚生労働省は、これらの改正内容をまとめたリーフレット「パートタイム・有期雇用労働者に関するルールが変わります」を公表しており、事業主向けにモデル労働条件通知書やQ&Aも公開されています。労働条件通知書の記載を怠るなど、新たな明示義務に違反した場合には、10万円以下の過料の対象となり得るとされていますので、施行日までに社内様式の見直しを済ませておくことが重要です。
企業が取り組むべき実務対応チェックリスト
社会保険労務士の立場から、実務上取り組んでいただきたいポイントを整理します。
- 待遇の洗い出し:正社員とパートタイム・有期雇用労働者・派遣労働者との間で、賃金(基本給・賞与・各種手当)、休暇制度、福利厚生施設の利用、教育訓練などにどのような違いがあるかを一覧化する。
- 待遇差の理由の言語化:違いがある待遇について、職務内容、職務内容・配置の変更の範囲、その他の事情の観点から、なぜその差が生じているのかを説明できる状態にしておく。
- 説明できない待遇差の見直し:合理的な説明が困難な待遇差については、待遇の統一や制度の再設計を検討する。
- 労働条件通知書・雇用契約書の様式確認:2026年10月1日の施行規則改正に対応した明示事項が盛り込まれているか確認する。
- 就業規則・賃金規程の整合性確認:改正ガイドラインの考え方を踏まえ、正社員就業規則と非正規雇用労働者向け就業規則との整合性を点検する。
- 短時間・有期雇用管理者の選任の検討:雇用管理指針の改正を踏まえ、選任の要否を検討する。
これらの取組みは、労務トラブルの未然防止だけでなく、多様な人材が納得して働ける職場づくりにも直結します。制度改正のタイミングは、自社の賃金・処遇制度全体を見直す良い機会でもあります。
まとめ
同一労働同一賃金は、「同じ仕事なら同じ賃金」という単純なスローガンではなく、パートタイム・有期雇用労働法第8条・第9条、労働者派遣法第30条の3・第30条の4という法律上の根拠と、厚生労働省の同一労働同一賃金ガイドライン、そして積み重ねられてきた最高裁判例によって形づくられている制度です。
企業に求められているのは、待遇差を一律になくすことではなく、待遇差がある場合にその理由を職務内容や配置転換の範囲などの実態に照らして説明できる状態にしておくことです。特に2026年10月1日には、労働条件明示事項の追加やガイドラインの改正など、実務に直結する制度改正が予定されています。施行日までに社内制度・書式を点検し、必要な見直しを進めておくことをお勧めします。
制度の解釈や自社の待遇制度への当てはめについて不安がある場合は、社会保険労務士などの専門家に相談しながら、計画的に対応を進めることが望ましいでしょう。
参考文献・出典
本記事は、以下の公的機関等の公表情報を参照して作成しています。
- 厚生労働省「同一労働同一賃金特集ページ」<br>https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144972.html
- 厚生労働省・働き方改革特設サイト「同一労働同一賃金」<br>https://hatarakikatakaikaku.mhlw.go.jp/same.html
- 厚生労働省「パートタイム・有期雇用労働法とは」<br>https://part-tanjikan.mhlw.go.jp/reform/
- 厚生労働省リーフレット「パートタイム・有期雇用労働者に関するルールが変わります(令和8年10月1日施行)」<br>https://www.mhlw.go.jp/content/001696565.pdf
- 裁判所「裁判例結果詳細(ハマキョウレックス事件、最高裁判所第二小法廷 平成30年6月1日判決、平成28年(受)第2099号)」<br>https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=87784
- 裁判所「判例検索システム」<br>https://www.courts.go.jp/hanrei/tukaikata/index.html
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の事案における法的判断を保証するものではありません。個別の待遇差の適法性については、貴社の実情に即して顧問社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。また、本記事は税務上の取扱いについては扱っておりません。
