労働契約法16条とは?「解雇権濫用法理」の意味・要件・裁判例を社会保険労務士がわかりやすく解説

目次

はじめに

「解雇をしたいが、法律的に問題はないだろうか」「労働契約法16条という言葉をよく聞くが、具体的に何を定めた条文なのか分からない」——。企業の人事労務担当者や経営者から、このようなご相談を受けることは少なくありません。

労働契約法16条は、日本における解雇のルールの根幹をなす条文であり、いわゆる「解雇権濫用法理」を明文化したものです。この条文を正しく理解しないまま解雇に踏み切ると、後に解雇無効の判断を受け、多額のバックペイ(未払賃金)の支払いや職場復帰といった重大なリスクを負うことになりかねません。

本稿では、社会保険労務士の立場から、労働契約法16条の条文そのものと、その成立の背景、要件、関連する法令・裁判例について、厚生労働省や e-Gov 法令検索など公的な一次情報に基づき、中立的な立場で整理して解説します。個別の解雇の可否は、事案ごとの事実関係によって判断が分かれるため、実際の対応にあたっては、社会保険労務士や弁護士など専門家への相談をおすすめします。

労働契約法16条の条文

労働契約法16条は、次のように定めています。

第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

出典:労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)第16条|e-Gov法令検索(https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128)

条文自体は一文と非常に短いものですが、この中に「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」という2つの重要な要件が凝縮されています。この2要件をいずれも満たさなければ、解雇は権利濫用として無効になる、という構造になっている点がポイントです。

労働契約法16条が定める「解雇権濫用法理」の成立の背景

判例によって確立された法理

労働契約法16条が定めるルールは、もともと条文として存在していたものではなく、最高裁判所の判例によって確立された考え方(判例法理)でした。

厚生労働省労働基準局がまとめた資料においても、労働契約法16条に関する参考裁判例として、日本食塩製造事件(最高裁昭和50年4月25日第二小法廷判決)が挙げられています。同判決は、使用者の解雇権の行使についても、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認できない場合には、権利の濫用として無効になるとの判断を示し、これが「解雇権濫用法理」として実務上定着していきました。

出典:厚生労働省労働基準局「労働契約法の施行について」参考となる主な裁判例(PDF)(https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/roudoukeiyaku01/dl/12.pdf)

平成15年の労働基準法改正による明文化

判例法理として運用されてきた解雇権濫用法理は、平成15年(2003年)の労働基準法改正により、当時の労働基準法18条の2として初めて条文化されました。厚生労働省静岡労働局の解説ページでも、「この解雇に関するルールは一般に『解雇権濫用法理』と呼ばれ、昭和50年の最高裁判決以降実務上で確立されたものですが、平成15年の労働基準法改正により明記されました」と説明されています。

出典:厚生労働省静岡労働局「労働基準法の概要(解雇・退職)」(https://jsite.mhlw.go.jp/shizuoka-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/roudoukijun_keiyaku/hourei_seido/kantoku00/kantoku0003.html)

労働契約法の制定による移設

その後、平成19年(2007年)12月5日に労働契約法(平成19年法律第128号)が公布され、平成20年(2008年)3月1日に施行されました。この際、労働基準法にあった解雇権濫用法理の規定は、労働契約に関する民事的なルールを包括的に定める労働契約法に移され、現在の第16条となっています。

出典:厚生労働省「労働契約法(平成19年法律第128号)」(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_21911.html)

このように、労働契約法16条は、長年の裁判実務の積み重ねを条文化したものであり、突然出来上がったルールではないという点を押さえておくことが重要です。

解雇が有効となるための2つの要件

労働契約法16条の条文構造をあらためて分解すると、解雇が有効と認められるためには、次の2つの要件をいずれも満たす必要があります。

① 客観的に合理的な理由があること

「客観的に合理的な理由」とは、使用者の主観的な評価や感情ではなく、誰から見ても納得できるだけの具体的・客観的な事実に基づく理由を指します。一般的には、次のような事情が「合理的な理由」として問題となり得ると整理されています。

  • 労働者の労務提供能力の欠如・低下(傷病による就労不能、著しい能力不足など)
  • 労働者の規律違反行為(重大な服務規律違反、非違行為など)
  • 経営上の必要性に基づく人員削減(整理解雇)
  • ユニオン・ショップ協定に基づく解雇など、労働組合との関係に基づく事由

ただし、これらの事情に該当し得る場合であっても、それだけで直ちに解雇が有効になるわけではない点に注意が必要です。

② 社会通念上相当であると認められること

仮に解雇の理由自体には一定の合理性があったとしても、その解雇という手段が、事案の程度に照らして重すぎる場合には、「社会通念上相当」とは認められません。具体的には、次のような事情が総合的に考慮されます。

  • 労働者の落ち度の程度(故意・過失の軽重、常習性の有無など)
  • 使用者側が指導・注意・配置転換など、解雇を回避するための手段を尽くしたか
  • 過去の同種事案における処分の均衡(他の労働者との公平性)
  • 労働者に弁明の機会が与えられていたか

この2つの要件は、いずれか一方を満たせばよいというものではなく、両方を満たして初めて解雇が有効と判断される、という構造になっています。

解雇の3つの類型と労働契約法16条の適用

実務上、解雇は大きく次の3つに分類されます。いずれの類型であっても、労働契約法16条の解雇権濫用法理が適用される点は共通しています。

普通解雇

労働者の労務提供能力の不足、勤務態度の不良、傷病による就労不能などを理由とする解雇です。就業規則に定められた解雇事由に該当することに加え、指導や配置転換などの解雇回避措置を尽くしたかどうかが重視される傾向にあります。

懲戒解雇

就業規則に定める懲戒事由に該当する非違行為を行った労働者に対する、制裁としての解雇です。懲戒処分である以上、就業規則にあらかじめ懲戒の種別・事由が定められ、周知されていることが前提となります。また、行為の重大性と処分内容の均衡(相当性)が厳格に問われます。

整理解雇

会社の経営上の理由(人員削減の必要性)に基づく解雇であり、労働者側に落ち度がない点が普通解雇・懲戒解雇と大きく異なります。そのため、裁判実務においては、後述する「整理解雇の四要件」に照らして、より慎重な判断が行われる傾向にあります。

整理解雇の四要件(四要素)

経営不振等を理由とする整理解雇については、裁判例の積み重ねにより、次の4つの要件・要素を総合的に考慮して有効性が判断される枠組みが形成されています。厚生労働省静岡労働局のウェブサイトでも、次のとおり整理・紹介されています。

  1. 経営上の必要性:倒産寸前に追い込まれているなど、整理解雇をしなければならないほどの経営上の必要性が客観的に認められること
  2. 解雇回避の努力:配置転換、出向、希望退職の募集、賃金の引き下げその他、整理解雇を回避するために会社が最大限の努力を尽くしたこと
  3. 人選の合理性:勤続年数や年齢など、解雇の対象者を選定する基準が合理的であり、かつ、その基準に沿った運用が行われていること
  4. 労使間での協議等の手続の妥当性:解雇の必要性や内容について、労働者側に十分に説明し、誠実に協議を行ったこと

出典:厚生労働省静岡労働局「労働基準法の概要(解雇・退職)」(https://jsite.mhlw.go.jp/shizuoka-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/roudoukijun_keiyaku/hourei_seido/kantoku00/kantoku0003.html)

なお、この4つは「四要件」(すべてを満たす必要がある)として扱われる場合と、「四要素」(総合考慮の要素の一つとして扱う)として扱われる場合とで、裁判例によって考え方に差があります。いずれにしても、この4つの観点を欠いたまま整理解雇に踏み切ることは、大きなリスクを伴うと考えておくべきでしょう。

労働契約法16条と就業規則の関係(労働基準法89条3号)

常時10人以上の労働者を使用する事業場では、就業規則を作成し、所轄の労働基準監督署に届け出る義務があります(労働基準法89条)。このとき、就業規則に必ず記載しなければならない「絶対的必要記載事項」の一つとして、次のように定められています。

三 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)

出典:労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第89条第3号|e-Gov法令検索(https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049/)

つまり、使用者が労働者を解雇しようとする場合には、就業規則にあらかじめ解雇事由が具体的に定められている必要があります。就業規則に定めのない事由による解雇は、そもそも解雇事由該当性の点で問題となり得るほか、労働契約法16条の「客観的に合理的な理由」の判断においても不利に働く可能性があります。就業規則の解雇事由の規定は、想定され得るケースを網羅的かつ具体的に列挙しておくことが望ましいといえます。

労働契約法16条と労働基準法20条(解雇予告)との違い

労働契約法16条とあわせて理解しておくべきなのが、労働基準法20条の「解雇予告」の規定です。両者はしばしば混同されますが、規律している内容が異なります。

労働基準法20条1項は、次のように定めています。

第二十条 使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。

出典:労働基準法第20条第1項|e-Gov法令検索(https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049/)

労働基準法20条は、解雇そのものの「理由の正当性」を判断する規定ではなく、解雇に際して30日前の予告または解雇予告手当の支払いという「手続」を義務付けるものです。したがって、たとえ解雇予告の手続を適法に履行したとしても、その解雇理由が労働契約法16条の要件(客観的合理的理由・社会通念上の相当性)を満たしていなければ、解雇自体は無効と判断される可能性があります。逆に、解雇理由に正当性があったとしても、解雇予告の手続を怠れば、労働基準法20条違反として別途の問題(罰則の対象等)が生じ得ます。

「解雇予告さえすれば自由に解雇できる」という誤解は非常に多く見られますが、解雇の「理由の正当性」(労働契約法16条)と「手続」(労働基準法20条)は、別次元の問題として、いずれも満たす必要があるという点を強調しておきたいと思います。

有期労働契約の場合:労働契約法17条との関係

期間の定めのある労働契約(有期労働契約)を契約期間の途中で終了させる場合には、労働契約法16条に加えて、同法17条1項も問題となります。

第十七条 使用者は、期間の定めのある労働契約(以下この章において「有期労働契約」という。)について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。

出典:労働契約法第17条第1項|e-Gov法令検索(https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128)

厚生労働省のリーフレットにおいても、平成20年3月1日の労働契約法施行以降、有期契約労働者についても同法が適用されることが説明されており、契約期間中の解雇には「やむを得ない事由」が必要である旨が明記されています。

出典:厚生労働省「有期労働契約の締結、更新及び雇止めをめぐるトラブル防止のために」(PDF)(https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/roudoukeiyaku01/dl/14.pdf)

「やむを得ない事由」は、労働契約法16条の「客観的に合理的な理由・社会通念上の相当性」よりもさらに厳格に判断されると理解されており、有期契約労働者の契約期間中の解雇は、無期契約労働者の解雇以上に慎重な検討が必要です。

社会保険労務士から見た実務上の留意点

以上を踏まえ、企業の労務管理の観点から、解雇を検討する際に留意すべきポイントを整理します。

第一に、就業規則の解雇事由の整備です。 労働基準法89条3号により、解雇の事由は就業規則の絶対的必要記載事項とされています。想定されるトラブルをあらかじめ洗い出し、抽象的な表現に頼らず、具体的かつ網羅的に規定しておくことが、後のトラブル予防につながります。

第二に、解雇に至るまでのプロセスを記録に残すことです。 労働契約法16条の判断においては、注意指導の有無や回数、改善の機会を与えたかどうかといった事実経過が重視されます。口頭での指導だけでなく、書面や記録として残しておくことが望まれます。

第三に、解雇以外の手段(配置転換、教育訓練、注意指導、退職勧奨等)を先に検討することです。 特に整理解雇の場面では「解雇回避努力」が要件・要素の一つとされているため、安易に解雇から着手するのではなく、段階を踏むことが求められます。

第四に、解雇予告(労働基準法20条)の手続を別途遵守することです。 前述のとおり、解雇理由の正当性と解雇予告の手続は別の問題であり、両方を満たして初めて適法な解雇となります。

最後に、解雇の有効性は最終的には個別事案ごとに裁判所が判断するものであり、画一的な基準で断定できるものではありません。解雇を検討する際には、事前に社会保険労務士や弁護士などの専門家に相談し、就業規則の整備状況や事実関係を確認したうえで、慎重に進めることを強くおすすめします。

まとめ

  • 労働契約法16条は、「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」を欠く解雇を無効とする「解雇権濫用法理」を定めた条文である
  • この法理は、日本食塩製造事件(最高裁昭和50年4月25日)などの判例の積み重ねを経て、平成15年の労働基準法改正で明文化され、平成19年制定・平成20年施行の労働契約法に移設された
  • 解雇は「普通解雇」「懲戒解雇」「整理解雇」に大別され、整理解雇については「四要件(四要素)」に照らした慎重な判断が求められる
  • 就業規則には解雇事由を必ず記載する必要があり(労働基準法89条3号)、解雇予告の手続(労働基準法20条)とは別に、解雇理由自体の正当性が問われる
  • 有期労働契約の契約期間中の解雇には、労働契約法17条により、さらに厳格な「やむを得ない事由」が必要とされる

解雇は労働者の生活に直結する重大な問題であり、企業側にとっても紛争リスクの大きい労務管理事項です。法令・判例に基づいた正確な理解のもとで、慎重に対応することが求められます。


参考文献・出典一覧

本記事は、上記の法令・厚生労働省の公表資料等の一次情報に基づいて作成した一般的な解説であり、個別事案における解雇の有効性を保証するものではありません。実際の解雇の検討にあたっては、事実関係を踏まえたうえで、顧問社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。

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