はじめに
近年、「副業」「兼業」という言葉を耳にする機会が急速に増えています。政府も働き方改革の一環として副業・兼業を後押しする方針を打ち出しており、企業の就業規則を見直す動きも広がっています。しかし、いざ副業・兼業を始めようとすると、「会社に許可は必要なのか」「労働時間はどう管理されるのか」「もしケガをしたら労災はどうなるのか」「社会保険はどちらの会社で入るのか」など、疑問は尽きません。
本記事では、社会保険労務士の立場から、厚生労働省が公表している「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(平成30年1月策定、令和2年9月・令和4年7月改定)をはじめとする公的資料や法令の条文に基づき、副業・兼業に関する労働法・社会保険の基本ルールを整理して解説します。特定の働き方を推奨したり、特定の立場に偏った内容にならないよう、あくまで制度の客観的な説明に徹しています。なお、本記事では税務(確定申告や所得税の取扱い等)には触れておりません。税務上の取扱いについては、税理士または所轄の税務署にご確認ください。
1. 副業・兼業をめぐる国の方針と現状
副業・兼業の促進は、平成29年3月に政府が策定した「働き方改革実行計画」に盛り込まれた施策のひとつです。これを受けて厚生労働省は「柔軟な働き方に関する検討会」(平成29年10月~12月開催)での議論を踏まえ、平成30年1月に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定しました。その後、企業・労働者双方が安心して副業・兼業に取り組めるよう、令和2年9月と令和4年7月の2回にわたり内容が改定されています。
総務省統計局が実施する「就業構造基本調査」でも、副業を希望する雇用者や実際に複数の仕事を掛け持ちする雇用者の数は、長期的に増加傾向にあることが示されています。副業・兼業を行う理由は、収入を増やしたい、一つの仕事だけでは生活が成り立たない、自分の能力を活かせる場を広げたい、様々な分野の人とつながりを持ちたいなど多岐にわたり、その就業形態も正社員、パート・アルバイト、会社役員、起業による自営業など様々です。
こうした状況を踏まえ、厚生労働省のガイドラインは、企業・労働者の双方が副業・兼業に安心して取り組めるよう、労働時間管理や健康管理等の考え方を整理したものと位置づけられています。
2. 副業・兼業は「原則自由」—裁判例における考え方
副業・兼業に関する裁判例の積み重ねの中で確立してきた基本的な考え方は、「労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは、基本的には労働者の自由である」というものです。厚生労働省のガイドラインでも、この裁判例上の考え方を踏まえ、企業が労働者の副業・兼業を制限できるのは、次の4つの場合に該当するときに限られるとされています。
- 労務提供上の支障がある場合
- 業務上の秘密が漏洩する場合
- 競業により自社の利益が害される場合
- 自社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
これらに該当する具体的な事情がないにもかかわらず、副業・兼業を一律に禁止したり、一律の許可制としたりしている企業については、ガイドライン上、自社の業務に本当に支障をもたらすものかどうかを改めて精査したうえで、原則として副業・兼業を認める方向で検討することが求められています。
また、厚生労働省が策定・改定している「モデル就業規則」においても、「労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる」という規定が置かれており、副業・兼業を原則として認める内容に改められています。
なお、就業規則で許可制を定め、その手続違反を懲戒事由としている場合であっても、裁判例上、形式的に規定に抵触したというだけでは足りず、職場秩序への影響や労務提供への支障の程度・態様を踏まえて、実質的に判断すべきとされている点にも注意が必要です。
3. 企業が負う4つの付随義務
労働契約法第3条第4項は、「労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない」と定めています(信義誠実の原則)。この原則に基づき、使用者・労働者は主たる義務(賃金支払義務・労務提供義務)のほか、様々な付随義務を負うとされ、副業・兼業に際しては特に次の4点への配慮が求められます。
(1)安全配慮義務
労働契約法第5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めています。副業・兼業を行う労働者を使用する全ての使用者が、それぞれこの安全配慮義務を負う点がポイントです。労働者の業務量・時間が全体として過重になっていることを把握しながら何ら配慮をしなかった結果、健康被害が生じた場合などが問題となり得ます。
(2)秘密保持義務
労働者は、使用者の業務上の秘密を守る義務を負っています。副業・兼業先で自社の秘密情報を漏らしてしまうケースや、逆に他社の秘密情報を自社に持ち込んでしまうケースが想定されるため、就業規則等での注意喚起が重要です。
(3)競業避止義務
労働者は在職中、使用者と競合する業務を行わない義務を一般に負うと解されています。ただし、この義務は使用者の正当な利益を不当に侵害することを許すものではなく、業務内容によっては同一業種・職種であっても副業・兼業が認められる場合があるとされています。
(4)誠実義務
秘密保持義務・競業避止義務のほか、使用者の名誉・信用を損なわないよう誠実に行動することも求められます。
4. 労働時間はどう管理される?—労働基準法第38条第1項の通算ルール
副業・兼業に関する実務上、最も理解が難しいとされるのが労働時間の通算ルールです。
労働基準法第38条第1項は、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と規定しています。そして「事業場を異にする場合」には、事業主を異にする場合、つまり別々の会社で働く場合も含まれると解釈されています(労働基準局長通達 昭和23年5月14日付基発第769号)。
通算される場合・されない場合
労働基準法に定める労働時間規制が適用される労働者同士であれば、複数の事業場における労働時間は通算されます。一方で、フリーランスや独立、共同経営、顧問、コンサルタントなど労働基準法が適用されない働き方や、農業・畜産業・水産業、管理監督者、高度プロフェッショナル制度の対象者など労働時間規制自体が適用されない場合は、通算の対象になりません。
通算して適用される規定・されない規定
法定労働時間(労働基準法第32条)については、自社と他社の労働時間を通算してその適用を判断します。また、時間外労働と休日労働の合計について単月100時間未満・複数月平均80時間以内とする上限規制(労働基準法第36条第6項第2号・第3号)も通算の対象です。
一方で、36協定で定める延長時間の限度(同条第4項)や特別条項の年間上限(同条第5項)は、事業場ごとの取り決めであるため通算されません。また、休憩(第34条)、休日(第35条)、年次有給休暇(第39条)についても、労働時間に関する規定ではないため通算の対象外です。
所定労働時間・所定外労働時間の通算順序
実務上は、まず副業・兼業の開始前に、時間的に後から契約した使用者の下での所定労働時間が、自社の法定労働時間を超える部分について時間外労働として扱われます。副業・兼業の開始後は、これに加えて所定外労働が生じた順番に通算し、法定労働時間を超える部分の有無を確認していく流れになります。
割増賃金の取扱い
各使用者は、自社の労働時間制度を基準に、通算した結果として法定労働時間を超える部分のうち、自社が労働させた時間について、労働基準法第37条第1項に基づく割増賃金(原則2割5分以上、月60時間を超える部分は5割以上)を支払う義務を負います。
5. 実務負担を軽減する「管理モデル」
上記のような厳密な通算管理は、労使双方にとって手続上の負担が大きいという課題があります。そこで厚生労働省のガイドラインでは、より簡便な労働時間管理の方法として「管理モデル」を示しています。
管理モデルの骨子は、副業・兼業の開始前に、先に契約していた使用者(使用者A)における法定外労働時間と、後から契約した使用者(使用者B)における労働時間との合計が、単月100時間未満・複数月平均80時間以内に収まる範囲で、それぞれの使用者があらかじめ労働時間の上限を設定するというものです。使用者Aは自社の法定外労働時間について、使用者Bは自社の労働時間について、それぞれ自社の36協定の範囲内で割増賃金を支払います。
この方法を導入すれば、各使用者は、あらかじめ設定した上限の範囲内で労働させている限り、相手方の事業場における実労働時間を逐一把握しなくても労働基準法を遵守できるようになる点が大きなメリットです。
6. 副業・兼業時の健康管理
使用者は、労働者が副業・兼業をしているか否かにかかわらず、労働安全衛生法第66条等に基づき、健康診断、長時間労働者に対する面接指導、ストレスチェック等の健康確保措置を実施する義務を負っています。
健康確保措置の実施対象者を選定する際、副業・兼業先の労働時間を通算することまでは求められていません。ただし、使用者の指示によって副業・兼業を開始させた場合には、原則として副業・兼業先との情報交換や労働者からの申告により、通算した労働時間に基づいて健康確保措置を実施することが適当とされています。
また、労働者自身にも、各事業場の業務量や労働時間、健康状態を自ら管理することが求められており、始業・終業時刻や健康診断結果を記録できるツールの活用などが推奨されています。
7. 労災保険はどうなる?複数事業労働者への給付
事業主は、労働者を1人でも雇用していれば、その労働者が副業・兼業をしているかどうかにかかわらず労災保険の加入手続を行う義務があります。
かつて労災保険の給付額は、実際に災害が発生した就業先の賃金分のみに基づいて算定されていました。しかし複数就業者の増加を踏まえ、「雇用保険法等の一部を改正する法律」(令和2年法律第14号)により制度が改正され、非災害発生事業場の賃金額も合算して給付基礎日額を算定する仕組みが導入されました。あわせて、複数就業先における業務上の負荷を総合的に評価して労災認定を行う「複数業務要因災害」の考え方も導入されています。
また、自社と副業・兼業先の両方に雇用されている労働者が、一方の事業場から他方の事業場へ移動する際に生じた災害についても、通勤災害として労災保険給付の対象となります。なお、事業場間の移動については、移動の終点となる事業場における保険関係で処理することとされています(労働基準局長通達 平成18年3月31日付基発第0331042号)。
8. 雇用保険・厚生年金保険・健康保険の適用関係
社会保険の適用関係は、副業・兼業を検討するうえで特に確認が必要なポイントです。
雇用保険
雇用保険は業種・規模を問わず全ての事業に適用されるのが原則ですが、同一の事業主のもとで(1)1週間の所定労働時間が20時間未満である者、(2)継続して31日以上雇用されることが見込まれない者は、被保険者とはなりません(適用除外)。また、複数の事業主に雇用されて、それぞれの雇用関係で被保険者要件を満たす場合であっても、生計を維持するために必要な主たる賃金を受ける一つの雇用関係についてのみ被保険者となるのが原則です。
もっとも、「雇用保険法等の一部を改正する法律」(令和2年法律第14号)により、令和4年1月から65歳以上の労働者本人の申出を起点として、一つの雇用関係だけでは被保険者要件を満たさない場合でも、二つの事業所の労働時間を合算して雇用保険を適用する制度(いわゆるマルチジョブホルダー制度)が試行的に開始されています。
厚生年金保険・健康保険
厚生年金保険・健康保険の適用要件は、事業所ごとに判断されます。したがって、複数の事業所で勤務していても、いずれの事業所でも単独では適用要件を満たさない場合には、労働時間等を合算しても被保険者にはなりません。一方で、複数の事業所それぞれで被保険者要件を満たす場合には、被保険者はいずれかの事業所を管轄する年金事務所・医療保険者を選択し、各事業所の報酬月額を合算して標準報酬月額を算定します。各事業主は、被保険者に支払う報酬額に応じて按分した保険料を、選択された年金事務所(健康保険の場合は選択された医療保険者等)に納付する仕組みとなっています。
9. 企業が取り組むべき実務対応のポイント
以上を踏まえ、企業側が副業・兼業に対応するうえで検討すべき主なポイントを整理します。
- 就業規則等において、副業・兼業を原則として認めつつ、労務提供上の支障や秘密漏洩など前述の4類型に該当する場合に限り禁止・制限できる規定を整備すること
- 副業・兼業に関する届出制を設け、労働者からの申告に基づき内容を確認する仕組みを構築すること
- 労働時間の通算方法(原則的な方法または管理モデル)について、社内で運用ルールを定めておくこと
- 健康確保措置の実施にあたり、必要に応じて副業・兼業先との情報交換や労働者からの申告により状況を把握すること
- 副業・兼業に関する自社の考え方や条件を、ホームページ等で公表することが望ましいとされている点
副業・兼業に関する相談や申告を理由に労働者を不利益に取り扱うことはできない、という点もあわせて留意が必要です。
10. 労働者側が確認しておきたいポイント
労働者の立場からも、副業・兼業を始める前に次の点を確認しておくことが望まれます。
- 自身が勤務する会社の就業規則・労働契約における副業・兼業に関するルールの内容
- 副業・兼業先の労働条件(所定労働時間、所定外労働の見込み等)
- 複数事業場の労働時間を通算した場合に、時間外労働の上限規制に抵触しないかどうか
- 自身の心身の健康状態や業務量を自ら管理し、必要に応じて勤務先に報告すること
- 雇用保険・社会保険の適用要件を満たすかどうか(要件を満たす場合は加入手続が必要となること)
まとめ
副業・兼業は、裁判例の考え方を踏まえ「原則自由、例外的に一定の場合に制限可能」という整理がなされており、国もその環境整備を後押ししています。一方で、労働時間の通算管理、安全配慮義務をはじめとする各種の付随義務、労災保険・雇用保険・社会保険の適用関係など、企業・労働者の双方が正しく理解しておくべき制度は少なくありません。
特に労働時間の通算や社会保険の適用関係は、事案ごとの事実関係によって結論が変わり得る分野です。自社の就業規則の整備や、個別の適用関係の判断に迷う場合には、社会保険労務士など専門家への相談をご検討ください。
本記事は、記事作成時点で公表されている法令・通達・行政資料に基づく一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言を行うものではありません。実際の対応にあたっては、最新の法令・通達をご確認のうえ、専門家にご相談ください。
参考資料・出典
厚生労働省 複数就業者への労災保険給付に関する資料 https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/0000212650.pdf
厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(平成30年1月策定、令和2年9月・令和4年7月改定) https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000962665.pdf
厚生労働省 副業・兼業に関する特設ページ https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_11988.html
労働基準法(e-Gov法令検索) https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
労働契約法(e-Gov法令検索) https://laws.e-gov.go.jp/law/319AC1000000128
労働安全衛生法(e-Gov法令検索) https://laws.e-gov.go.jp/law/347AC1000000057
総務省統計局「就業構造基本調査」 https://www.stat.go.jp/data/shugyou/index.html
