はじめに
「副業を始めたい」「会社員を続けながらフリーランスとしても働きたい」——そう考える方が年々増えています。内閣官房が2020年5月に公表した「フリーランス実態調査結果」によれば、日本国内のフリーランス人口は本業フリーランスが約214万人、副業フリーランスが約248万人の合計約462万人と推計されています(内閣官房日本経済再生総合事務局「フリーランス実態調査結果」令和2年5月)。副業として業務委託を受ける働き方は、もはや特殊な選択肢ではなく、多くの働く人にとって身近な選択肢になっているといえるでしょう。
一方で、副業・兼業やフリーランスという働き方には、労働基準法・労働時間の通算・社会保険の加入要件・労災保険・そして2024年11月に施行された「フリーランス・事業者間取引適正化等法」など、押さえておくべき法律上のルールが数多く存在します。これらを正しく理解しないまま始めてしまうと、思わぬトラブルや不利益につながりかねません。
本記事では、社会保険労務士の立場から、副業・兼業およびフリーランスという働き方に関わる労働関係法令・社会保険制度について、厚生労働省・公正取引委員会・中小企業庁・日本年金機構等が公表している一次資料に基づき、中立的かつ正確な情報を整理してご紹介します。なお、本記事は税務に関する内容は取り扱っておりません。税務上の取り扱いについては、税理士または所轄の税務署にご確認ください。
副業・兼業をめぐる政府の基本的な考え方
厚生労働省は、2018年(平成30年)1月に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定し、その後2020年(令和2年)9月、2022年(令和4年)7月の2度にわたり改定を行っています(厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」)。このガイドラインでは、副業・兼業について、労働者と企業のそれぞれにメリットと留意点があるとしたうえで、人生100年時代を迎え、労働者が自らの希望する働き方を選べる環境を整備していくことの重要性が示されています。
また、厚生労働省が示す「モデル就業規則」においても、かつては労働者の遵守事項として「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という規定が置かれていましたが、現在のモデル就業規則では、労働者が勤務時間外において他の会社等の業務に従事することができる旨が規定されています(厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」)。これは、副業・兼業を制限する方向から、原則として認める方向へと、行政としての姿勢が転換されてきたことを示すものです。
会社は副業を一律に禁止できるのか
裁判例においても、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは、基本的には労働者の自由であるとされています。もっとも、企業がこれを制限することが許容される場合として、①労務提供上の支障となる場合、②企業秘密が漏洩する場合、③企業の名誉・信用を損なう行為や信頼関係を破壊する行為がある場合、④競業により企業の利益を害する場合、が挙げられています(厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」)。
この点に関する代表的な裁判例として、マンナ運輸事件(京都地方裁判所判決・平成24年7月13日)があります。この裁判例では、運送会社が従業員からのアルバイト許可申請を複数回にわたって不許可としたことの当否が争われました(同ガイドライン記載)。副業・兼業の許可制を採用している企業であっても、合理的な理由なく一律に不許可とする運用は、法的なリスクを伴い得ることを示唆する事例といえます。
自社で副業・兼業を認めるかどうか、また認める場合にどのような条件を付すかについては、就業規則の整備とあわせて検討することが望ましいでしょう。
副業・兼業をする場合の労働時間管理
副業・兼業を考えるうえで、実務上もっとも複雑な論点のひとつが「労働時間の通算」です。
労働基準法第38条第1項は、労働時間を事業場を異にする場合においても通算する旨を定めています。これは、労働者が複数の事業場で労働者として雇用される場合(いわゆる「雇用型」の副業・兼業)に適用される考え方であり、本業の所定労働時間と副業・兼業先の所定労働時間、さらに両者の所定外労働時間を通算して、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える部分について、時間外労働の割増賃金支払い義務等の規制が及ぶことになります(厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」)。
原則的な労働時間管理の方法と「管理モデル」
もっとも、実務上、他社における労働時間を都度正確に把握し、通算管理を行うことは事業主にとって大きな負担となります。そこで厚生労働省のガイドラインでは、「原則的な労働時間管理の方法」に加えて、簡便な労働時間管理の方法である「管理モデル」を示しています。管理モデルは、副業・兼業の開始前に、あらかじめ本業・副業それぞれの労働時間の上限をそれぞれ設定し、その範囲内で労働させることにより、その都度他社の実労働時間を確認することなく法定労働時間規制や割増賃金支払義務を履行できるようにする仕組みです(厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン わかりやすい解説」)。
なお、労働者が事業主の立場やフリーランスとして副業・兼業を行う場合、あるいは労働基準法上の管理監督者として副業・兼業を行う場合には、労働基準法の労働時間に関する規定そのものは適用されません。ただし、この場合であっても、過労等により本来の業務に支障を来さないよう、自己申告等を通じて就業時間を把握し、長時間の就業とならないよう配慮することが望ましいとされています(同ガイドライン)。
健康管理上の留意点
健康診断やストレスチェックについては、それぞれの雇用契約における使用者が実施義務を負うのが基本ですが、副業・兼業を行う労働者については、長時間労働や労務提供上の支障、企業秘密の漏洩等を招かないよう、使用者が副業・兼業の状況を踏まえた配慮を行うことが望ましいとされています(厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」)。
副業・兼業をする場合の社会保険(健康保険・厚生年金保険)の取り扱い
複数の事業所で働く場合、社会保険(健康保険・厚生年金保険)の取り扱いにも注意が必要です。
健康保険・厚生年金保険は事業所ごとに適用されるのが原則ですが、同時に2か所以上の適用事業所において、それぞれ社会保険の加入要件(被保険者要件)を満たす場合、その労働者は「二以上事業所勤務者」となり、日本年金機構への届出が必要になります(日本年金機構「複数の事業所に雇用されるようになったときの手続き」)。この場合、いずれか一つの事業所を「主たる事業所」として選択し、「健康保険・厚生年金保険 被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を、選択する事業所を管轄する年金事務所(協会けんぽの場合)等に提出する必要があります(同)。
二以上事業所勤務届が提出されると、各事業所から支払われる報酬月額を合算した額をもとに標準報酬月額が決定され、それぞれの事業所は、報酬額の比率に応じて按分した保険料を負担することになります(日本年金機構)。副業先での勤務時間や賃金が一定水準に達し、社会保険の加入要件を満たすようになった場合には、本業・副業双方の会社が連携し、この届出漏れが生じないよう注意する必要があります。
なお、社会保険の加入要件(短時間労働者の場合の週所定労働時間20時間以上等の基準を含む)は、事業所の企業規模等によって異なるため、実際の適用可否については、勤務先または日本年金機構・年金事務所への確認をお勧めします。
雇用保険の取り扱い
雇用保険は、原則として一つの雇用関係についてのみ適用されますが、複数の事業所で勤務する65歳以上の労働者については、本人の申出により、2つの事業所における勤務を合算して雇用保険を適用する特例的な仕組み(いわゆるマルチジョブホルダー制度)が設けられています。制度の詳細な適用要件や手続きについては、最新の情報をハローワークまたは厚生労働省のウェブサイトでご確認ください。
副業・兼業中に労働災害が発生した場合の取り扱い
複数の事業所で雇用されている労働者が、一方の事業場から他方の事業場へ移動する際に災害に遭った場合、その移動は通勤災害として労災保険給付の対象となります。この場合の保険関係の処理は、移動の終点となる事業場の保険関係で行うものとされています(労働基準局長通達・平成18年3月31日付け基発第0331042号、厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」)。
また、複数の事業場で雇用される労働者(複数事業労働者)が業務上の災害に遭った場合、労災保険の休業補償給付や障害補償給付などの給付額の算定基礎となる「給付基礎日額」は、災害が発生した就業先だけでなく、すべての就業先の賃金額を合算して算定する仕組みが設けられています。この仕組みは、複数就業者の増加を踏まえ、労働災害に対する補償の実効性を確保する観点から整備されたものです。
フリーランスとして働く方向けの労災保険特別加入制度の拡大
労災保険は本来、労働者を対象とする制度であり、事業者性の高いフリーランスは対象外とされてきました。しかし、労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会の建議(令和元年12月23日)等を踏まえ、特別加入制度(労働者に準じて保護することが適当と認められる者を対象とする任意加入の仕組み)の対象範囲が順次拡大されています(厚生労働省労働基準局労災管理課「これまでの特別加入の拡大について」)。
具体的には、令和3年4月1日には芸能従事者等が、同年9月1日にはITフリーランス(情報処理システムの設計・開発・管理・監査・セキュリティ管理等に従事する者)が特別加入の対象に追加されました(厚生労働省労働基準局長通達・令和3年8月3日付け基発0803第1号ほか)。ITフリーランスの特別加入の対象範囲には、ネットワークシステム・データベースシステム・組み込みシステムを含む情報処理システムの設計、開発(プロジェクト管理を含む)、管理、監査、セキュリティ管理や、これらに関する業務の一体的な企画等が含まれます(厚生労働省令和3年省令改正関係資料)。その後も対象業務の拡大が継続的に検討されており、令和6年11月には、特別加入の対象がより幅広い業務のフリーランスに拡大されています。特別加入を希望する場合は、対象業務に応じた特別加入団体を通じて加入手続きを行う必要があるため、最新の対象範囲や手続きについては、厚生労働省または特別加入団体に確認することをお勧めします。
フリーランスとして働く場合の取引上の保護——フリーランス・事業者間取引適正化等法
会社員としての副業ではなく、事業者として業務委託を受けて働くフリーランスについては、2023年(令和5年)4月28日に成立し、同年5月12日に公布された「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(フリーランス・事業者間取引適正化等法、令和5年法律第25号)が、2024年(令和6年)11月1日に施行されています(公正取引委員会「フリーランスの取引適正化に向けた公正取引委員会の取組」)。
この法律は、働き方の多様化が進む中で、個人が事業者として受託した業務に安定的に従事できる環境を整備することを目的としており、取引の適正化に関する規定は主に公正取引委員会・中小企業庁が、就業環境の整備に関する規定は主に厚生労働省が、それぞれ執行を担っています(公正取引委員会「フリーランスの取引適正化に向けた公正取引委員会の取組」)。
法律の対象となる取引・当事者
同法における「特定受託事業者」とは、業務委託の相手方である事業者であって、従業員を使用しないものをいい、「特定業務委託事業者」とは、特定受託事業者に業務委託をする事業者であって、従業員を使用するものをいいます(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律第2条第1項・第6項、内閣官房・公正取引委員会・中小企業庁「説明資料」)。ここでいう「従業員を使用」とは、週の所定労働時間が20時間以上かつ継続して31日以上の雇用が見込まれる労働者を雇用していることを指すとされています(同説明資料)。
なお、特定の事業者に労働者として雇用されている個人が、副業として、事業者の立場で他の事業者から業務委託を受けている場合には、その副業に係る取引について、この法律における「特定受託事業者」に該当するとされています(内閣官房・公正取引委員会・中小企業庁「説明資料」)。副業をしている会社員がフリーランスとして業務委託を受ける場合にも、本法律による保護が及び得るという点は、実務上見落とされがちなポイントです。
主な規制内容
同法は、特定業務委託事業者に対し、主に次のような義務を課しています(内閣官房「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)等に係る取組について」、公正取引委員会・中小企業庁「説明資料」等に基づく整理)。
- 業務委託をした際に、給付の内容、報酬の額、支払期日等の取引条件を書面または電磁的方法により明示すること
- 報酬の支払期日を、原則として給付を受領した日から60日以内のできる限り短い期間内に定め、支払うこと
- 募集情報を的確に表示すること
- 一定期間以上の業務委託について、育児介護等と業務の両立に対して配慮すること
- 業務委託に関して行われる言動に起因する問題(ハラスメント)に関し、相談体制の整備等必要な体制を整備すること
- 継続的業務委託を中途解除する場合等には、原則として30日前までに予告すること
これらの規定に違反する事実がある場合、特定受託事業者は、法律を所管する行政機関(公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省)に対してその旨を申し出ることができ、行政機関は必要な調査を行った上で、指導・助言、勧告、勧告に従わない場合の命令・公表等の措置を講ずることとされています(中小企業庁・公正取引委員会「説明資料」)。また、特定受託事業者が申出等を行ったことを理由に、業務委託事業者が不利益な取扱いをすることも禁止されています(同法第6条第3項・第17条第3項)。
同法の施行に伴い、内閣官房・公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省が策定した「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」も、法律の内容を踏まえた改定が行われています(中小企業庁「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)」)。
副業・フリーランスを始める前のチェックポイント
ここまで見てきた内容を踏まえ、副業・兼業やフリーランスとしての就業を検討する際に、確認しておきたいポイントを整理します。
まず会社員として副業を行う場合には、勤務先の就業規則に副業・兼業に関する規定(許可制か届出制か、禁止される場合の要件等)が置かれているかを確認し、必要な手続きを踏むことが基本となります。あわせて、本業・副業双方の所定労働時間・所定外労働時間を通算した場合に法定労働時間を超えないか、超える場合には労使間でどのように取り扱うかを、あらかじめ確認しておくことが望ましいでしょう。
社会保険については、副業先においても週の所定労働時間等の要件を満たす場合には加入義務が生じ、二以上事業所勤務届の提出が必要になる場合があります。ご自身の働き方が加入要件に該当するかどうかは、勤務先の人事労務担当者や年金事務所に確認することをお勧めします。
フリーランスとして業務委託を受ける場合には、契約の相手方が従業員を使用する事業者に該当するときは、フリーランス・事業者間取引適正化等法に基づく取引条件の書面明示等の保護が及ぶ可能性があります。契約内容や報酬の支払条件が明示されているかを確認し、不明な点があれば取引先に確認するとともに、必要に応じて厚生労働省・公正取引委員会・中小企業庁の相談窓口を活用することも選択肢となります。
また、業務中や通勤途中のケガ・病気に備える観点からは、対象業務に該当する場合、労災保険の特別加入制度への加入を検討することも一つの方法です。特別加入の対象業務や手続きは制度改正により変わり得るため、加入を検討する際は最新の情報を確認することが重要です。
おわりに
副業・兼業やフリーランスという働き方は、多様なキャリア形成を可能にする選択肢として、政府としても環境整備が進められています。一方で、労働時間の通算、社会保険の加入要件、労災保険の取り扱い、フリーランスとしての取引保護など、制度は分野ごとに異なるルールで構成されており、正確な理解なしに始めてしまうと、想定外の不利益を受けるおそれもあります。
本記事でご紹介した内容は、いずれも厚生労働省・公正取引委員会・中小企業庁・内閣官房・日本年金機構等が公表している資料に基づくものですが、実際の適用関係は個々の契約内容や就業実態によって異なります。副業・兼業やフリーランスとしての働き方を具体的に検討される際は、社会保険労務士など専門家への相談もあわせてご検討ください。なお、本記事では税務上の取り扱いについては触れておりませんので、その点については税理士等の専門家にご確認ください。
参考資料・出典一覧
- 厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(平成30年1月策定、令和2年9月改定、令和4年7月改定) https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000962665.pdf
- 厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン わかりやすい解説」 https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000962782.pdf
- 労働基準法第38条第1項(労働時間の通算に関する規定)
- 労働基準局長通達 平成18年3月31日付け基発第0331042号(複数就業者の通勤災害の取扱い)
- マンナ運輸事件(京都地方裁判所判決 平成24年7月13日)
- 日本年金機構「複数の事業所に雇用されるようになったときの手続き」 https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/hihokensha1/20131022.html
- 厚生労働省労働基準局労災管理課「これまでの特別加入の拡大について」(令和3年4月1日) https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/001152326.pdf
- 厚生労働省労働基準局長通達 令和3年8月3日付け基発0803第1号ほか(ITフリーランスに係る労災保険特別加入制度の新設)
- 特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(令和5年法律第25号)
- 公正取引委員会「フリーランスの取引適正化に向けた公正取引委員会の取組」 https://www.jftc.go.jp/fllaw_limited.html
- 内閣官房・公正取引委員会・中小企業庁「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)【令和6年11月1日施行】説明資料」 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/freelance/dai1/siryou2.pdf
- 内閣官房ホームページ「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)等に係る取組について」 https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/freelance/index.html
- 中小企業庁「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)」 https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/law_freelance.html
- 内閣官房日本経済再生総合事務局「フリーランス実態調査結果」(令和2年5月) https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/freelance/dai1/siryou13.pdf
本記事は、上記公表資料に基づき一般的な情報を整理したものであり、個別の事案への法的助言を目的とするものではありません。具体的な取り扱いについては、顧問社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
