近年、働き方改革の一環として副業・兼業を認める企業が増えています。厚生労働省も「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定し、労働者が本業以外の仕事を持つことを後押ししてきました。一方で、「副業を始めると社会保険料はどうなるのか」「2つの会社で保険料を二重に取られるのではないか」といった疑問を持つ方は少なくありません。
本記事では、社会保険労務士の立場から、健康保険・厚生年金保険(以下「社会保険」)、雇用保険、労災保険のそれぞれについて、副業・兼業をした場合の取扱いを、法令・行政通達・厚生労働省や日本年金機構が公表している資料に基づいて整理します。なお、本記事は一般的な制度の説明を目的としたものであり、個別の保険料額の算定や加入・脱退の判断については、所轄の年金事務所・ハローワーク、または社会保険労務士等の専門家にご確認ください。また、本記事では税務(所得税・住民税等)に関する事項は取り扱いません。
1. 社会保険は「事業所単位」で加入判定される
まず押さえておきたいのが、健康保険・厚生年金保険の適用は「事業所ごと」に判定されるという原則です。ある人が複数の会社で働いていても、それぞれの雇用契約が個別に、法令が定める適用要件を満たすかどうかで判断されます。したがって、本業の会社で社会保険に加入していても、副業先の労働条件によっては、副業先でも重ねて社会保険の被保険者となることがあります。
1-1.通常の労働者の適用(当然被保険者)
適用事業所に常時使用される70歳未満の者は、健康保険法・厚生年金保険法上、原則として当然に被保険者となります。フルタイムに近い勤務時間・日数で雇用されるのであれば、副業先であっても社会保険の加入義務が生じ得ます。
1-2.パート・アルバイトの適用(4分の3基準)
所定労働時間が短いパートタイマー・アルバイトについては、「4分の3基準」と呼ばれる考え方が用いられます。これは、1週間の所定労働時間および1か月の所定労働日数が、同一の事業所に使用される通常の労働者のそれぞれ4分の3以上である場合に、原則として健康保険・厚生年金保険の被保険者として取り扱うというものです。この基準は、昭和55年6月6日付の内かん(各都道府県保険課(部)長あて)に端を発し、平成28年10月以降は「1週の所定労働時間及び1月の所定労働日数が常時雇用者の4分の3以上」であることが明確な基準として運用されています。副業として週の労働時間が短いパートを掛け持ちする場合、この4分の3基準を満たさなければ、原則として社会保険の被保険者にはなりません。
2. 短時間労働者に対する社会保険の適用拡大(いわゆる「106万円の壁」)
4分の3基準を満たさない短時間労働者であっても、一定の要件(いわゆる「4要件」)をすべて満たす場合には、特定適用事業所において社会保険の被保険者となります。この仕組みは段階的に対象範囲が拡大されてきました。
2-1.現行の4要件(2024年10月以降)
厚生労働省の資料等によれば、2024年10月以降、特定適用事業所(厚生年金保険の被保険者数が51人以上の企業等)に勤務する短時間労働者は、次の4要件をすべて満たす場合に社会保険の被保険者となります。
- 週の所定労働時間が20時間以上であること
- 所定内賃金が月額8.8万円以上であること(残業代・賞与・通勤手当等は含みません)
- 雇用期間が2か月を超えて見込まれること
- 学生でないこと(一部例外あり)
この適用拡大は2016年10月(従業員数501人超)に始まり、2022年10月(101人超)、2024年10月(51人超)と段階的に対象企業が拡大されてきた経緯があります。副業先の会社の規模と、そこでの週の労働時間・賃金水準が、社会保険加入の有無を左右する重要な要素になります。
2-2.2026年10月に予定される「106万円の壁」の賃金要件撤廃
副業と社会保険を考えるうえで、今後の制度変更としてとりわけ重要なのが、2025年6月13日に成立した年金制度改正法(令和7年法律第74号、正式名称「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律」)による見直しです。
厚生労働省の公表資料によれば、この改正により、月額賃金8.8万円以上(年収換算で約106万円)とする賃金要件は、最低賃金の引上げ状況を踏まえて2025年6月から3年以内に撤廃されることとされ、2026年10月に撤廃される予定であることが同省のページで案内されています。撤廃後は、週の所定労働時間が20時間以上という要件が主な判断基準となり、賃金水準にかかわらず社会保険への加入義務が生じる形に変わります。
あわせて、現行「従業員数51人超」とされている企業規模要件についても、厚生労働省の資料では10年程度をかけて段階的に縮小し、最終的に企業規模にかかわらず適用される方向性が示されています(36人超規模は2027年10月から、21人超規模は2029年10月から、11人超規模は2032年10月から、10人以下規模は2035年10月から、それぞれ対象に加わる予定とされています)。
副業として短時間勤務をしている方や、そうした従業員を雇用する事業主にとって、この改正は今後の社会保険加入義務や保険料負担に直接影響する内容です。制度の詳細は今後発出される政省令・通達によって確定していくため、厚生労働省「社会保険適用拡大特設サイト」等の最新情報を随時確認することをおすすめします。
3. 副業先でも加入要件を満たした場合の手続き――二以上事業所勤務届
本業・副業のいずれの事業所でも社会保険の加入要件を満たした場合、日本年金機構への届出が必要になります。これを怠ると、標準報酬月額の算定や保険給付に支障が生じるおそれがあるため、実務上非常に重要な手続きです。
3-1.届出の内容と提出期限
日本年金機構の案内によれば、同時に2か所以上の事業所で社会保険の加入要件を満たした被保険者は、「健康保険・厚生年金保険 被保険者所属選択/二以上事業所勤務届」を、事実発生から10日以内に、被保険者本人が日本年金機構(年金事務所または事務センター)へ提出する必要があります。この届出では、いずれの事業所を「主たる事業所」として選択するかを決め、選択した事業所の所在地を管轄する事務センターが、以後の事務を一括して行うことになります。なお、選択した事業所が健康保険組合に加入している場合は、当該健康保険組合への届出も別途必要です。
3-2.保険料の算定方法(報酬の合算と按分)
二以上事業所勤務届が受理されると、各事業所から支払われる報酬月額を合算した額をもとに標準報酬月額が決定され、それに基づいて健康保険料・厚生年金保険料が算出されます。算出された保険料は、原則として各事業所から支払われる報酬額の比率に応じて按分され、それぞれの事業所が被保険者負担分を給与から控除して納付する仕組みです。したがって、副業先の報酬が増減すれば、本業側の事業所が控除する保険料額にも影響が及ぶ点に注意が必要です。届出後は、日本年金機構から各事業所宛てに、新たに算定された保険料額の通知が送付されます。
3-3.届出をしないとどうなるか
二以上事業所勤務に該当するにもかかわらず届出をしない場合、各事業所でそれぞれ別個に保険料が徴収されるなど、正しい標準報酬月額に基づかない事務処理がなされるおそれがあります。将来受け取る年金額や保険給付の算定にも影響し得るため、要件に該当する場合は速やかに届出を行うことが重要です。
4. 雇用保険の取扱い――加入できるのは原則1社のみ
雇用保険は、社会保険(健康保険・厚生年金保険)とは異なる考え方が採られています。厚生労働省の案内によれば、複数の事業主との間で同時に雇用関係があり、それぞれの雇用関係で被保険者要件を満たす場合であっても、その者が「生計を維持するのに必要な主たる賃金を受ける雇用関係」についてのみ、雇用保険の被保険者として取り扱われます。つまり、副業・兼業をしていても、雇用保険に二重に加入することはできず、通常は本業側の1社でのみ加入することになります。
4-1.65歳以上を対象とする「雇用保険マルチジョブホルダー制度」
例外的な仕組みとして、2022年1月1日に施行された「雇用保険マルチジョブホルダー制度」があります。厚生労働省・都道府県労働局・ハローワークの案内資料によれば、この制度は65歳以上の労働者を対象とし、次の要件をすべて満たす場合に、労働者本人がハローワークに申し出ることで、特例的に雇用保険の被保険者(マルチ高年齢被保険者)となることができるものです。
- 複数の事業所に雇用される65歳以上の労働者であること
- 2つの事業所(1つの事業所における1週間の所定労働時間が5時間以上20時間未満)を合算した1週間の所定労働時間が20時間以上であること
- 2つの事業所のそれぞれの雇用見込みが31日以上であること
この制度は労働者本人からの申出に基づくものであり、事業主側が自動的に手続きを行う必要はありませんが、労働者から証明を求められた場合には、事業主は雇用の実態等について証明する義務があります。
5. 労災保険の取扱い――すべての就業先で適用される
社会保険や雇用保険とは異なり、労災保険(労働者災害補償保険)は、労働者を一人でも使用する事業所であれば、原則としてすべて強制的に適用事業となります。したがって、副業・兼業をしている労働者は、本業・副業のいずれの事業所においても労災保険の適用を受けます。
5-1.複数事業労働者への労災保険給付(2020年9月施行の改正)
かつては、複数の事業所で働く労働者が業務災害・通勤災害に遭った場合、給付額の算定基礎(給付基礎日額)は、災害発生時に勤務していた個々の事業所の賃金のみをもとに計算されていました。しかし、労働者災害補償保険法の改正により2020年9月1日から、複数の事業所で働く「複数事業労働者」については、各就業先の事業場で支払われている賃金額を合算した額を基礎として給付基礎日額が算定されるようになりました。厚生労働省の解説資料では、この合算はA社・B社それぞれの給付基礎日額に相当する額を算出したうえで合計する方法によることが示されています。
5-2.複数業務要因災害の新設
同じ改正により、脳・心臓疾患や精神障害など、単独の事業所における業務上の負荷だけでは労災認定の基準に至らない場合でも、複数の就業先における業務上の負荷(労働時間やストレス等)を総合的に評価して労災認定を行う「複数業務要因災害」という仕組みが新設されました。1つの事業所の負荷だけを見れば業務災害に該当しない場合であっても、複数の事業所における負荷を通算して評価することで、労災保険給付の対象となり得る点は、副業・兼業をする労働者にとって重要な保護規定です。
6. まとめ――副業を始める前に確認しておきたいポイント
副業・兼業と社会保険料の関係を整理すると、次のようになります。
- 健康保険・厚生年金保険は事業所ごとに加入要件を判定し、本業・副業の双方で要件を満たせば、両方で被保険者となり、二以上事業所勤務届の提出と報酬按分による保険料計算が必要になります。
- 短時間労働者の社会保険適用拡大により、副業先が一定規模以上の企業であれば、週20時間以上の勤務等で加入対象となる場合があります。2026年10月には、賃金要件(いわゆる106万円の壁)の撤廃が予定されており、今後は勤務時間の長さがより重要な判断要素になっていきます。
- 雇用保険は、生計を維持するのに必要な主たる賃金を受ける1社でのみ加入するのが原則です。ただし65歳以上の方には、複数事業所の労働時間を合算できる雇用保険マルチジョブホルダー制度という特例があります。
- 労災保険は、副業・兼業を行うすべての事業所で適用され、2020年9月の法改正により、複数就業先の賃金を合算した給付基礎日額の算定や、複数の職場の負荷を総合評価する複数業務要因災害の仕組みが整備されています。
このように、副業・兼業をめぐる社会保険の取扱いは、保険の種類ごとに考え方が異なり、また制度自体も頻繁に見直されています。特に2026年10月に予定されている社会保険の適用拡大は、多くの副業・兼業労働者や、それを雇用する事業主に影響を及ぼす可能性があります。ご自身や自社の状況が制度上どのように扱われるかについては、最新の法令・通達を踏まえたうえで、所轄の年金事務所・ハローワーク、または社会保険労務士にご相談いただくことをおすすめします。
参考文献・出典
本記事は、以下の官公庁等が公表する情報を参照して作成しました。
- 厚生労働省「『年収の壁』への対応」 https://www.mhlw.go.jp/stf/taiou_001_00002.html
- 厚生労働省「年金制度改正法が成立しました」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000147284_00017.html
- 厚生労働省「社会保険適用拡大 特設サイト」 https://www.mhlw.go.jp/tekiyoukakudai/
- 日本年金機構「複数の事業所に雇用されるようになったときの手続き」 https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/hihokensha1/20131022.html
- 日本年金機構「兼業・副業等により2カ所以上の事業所で勤務する皆さまへ」(リーフレット等) https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/hihokensha1/20131022.files/2kashoijyokinmu.pdf
- 厚生労働省・都道府県労働局・ハローワーク「雇用保険マルチジョブホルダー制度の概要」 https://www.mhlw.go.jp/content/11600000/000838543.pdf
- 厚生労働省「雇用保険制度 Q&A~事業主の皆様へ」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000140565.html
- 厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「複数事業労働者への労災保険給付 わかりやすい解説」 https://www.mhlw.go.jp/content/000662505.pdf
- 短時間労働者に対する健康保険・厚生年金保険の更なる適用拡大に係る事務の取扱いについて(令和4年3月18日保保発0318第2号) https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc6578&dataType=1&pageNo=1
※本記事の内容は、上記出典の公表時点の情報に基づく一般的な解説です。個別の事案への適用や最新の制度内容については、必ず日本年金機構・ハローワーク等の公式情報をご確認いただくか、社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
