人事と労務の違いとは?社会保険労務士が法令根拠とともに徹底解説

「人事部」「労務部」「人事労務課」など、企業によって呼び方や組織の分け方はさまざまですが、「人事と労務は結局どう違うのか」という疑問を持つ方は少なくありません。

本記事では、社会保険労務士(社労士)の立場から、人事と労務の違いを、憶測や一般論ではなく、労働基準法・労働契約法・労働安全衛生法・育児介護休業法・社会保険労務士法など、根拠となる法令や厚生労働省の公表資料に基づいて整理します。企業の人事労務担当者の方はもちろん、これから人事労務分野でのキャリアを考えている方にも参考にしていただける内容です。

なお、本記事では税務に関する事項(源泉徴収や年末調整の税額計算等)には触れておりません。税務上の取扱いについては、税理士等の専門家にご確認ください。


目次

1. 人事と労務は法律上どのように区別されているか

まず押さえておきたいのは、「人事」「労務」という言葉自体は、労働基準法をはじめとする労働関係法令の中で厳密に定義された法律用語ではないという点です。労働基準法、労働契約法、労働安全衛生法などの条文には、「使用者」「労働者」「事業者」といった主体は定義されていますが、「人事部」「労務部」という組織区分を定めた規定は存在しません。

つまり、「人事」と「労務」の違いは、法令上の定義の違いではなく、企業実務における役割・機能の違いとして理解する必要があります。この点を誤解し、「法律で決まっている業務範囲」であるかのように説明している情報も見受けられるため、まずこの前提を明確にしておきます。

その上で、実務上一般的に用いられている整理は次のとおりです。

  • 人事:採用、配置、異動、人材育成、人事評価、賃金制度の設計など、「ヒト」を戦略的に活用・育成する業務
  • 労務:労働時間管理、給与計算の実務、社会保険・労働保険の手続き、就業規則の整備、安全衛生管理など、労働関係法令に基づき従業員が働く環境を整備・維持する業務

以下、それぞれの業務と、その根拠となる法令を具体的に見ていきます。


2. 「人事」の主な業務内容

2-1. 採用・配置・異動

採用選考や人員配置は、企業の裁量に委ねられている部分が大きい一方で、募集・採用の場面では男女雇用機会均等法や職業安定法などの規制を受けます。たとえば、募集・採用における性別を理由とする差別的取扱いは男女雇用機会均等法第5条で禁止されており、人事担当者は採用活動においてもこうした法令を踏まえた運用が求められます。

2-2. 人事評価・人材育成

人事評価制度そのものについて、直接的にその内容を規定する法律はありません。ただし、評価の結果として賃金や昇格に差を設ける場合には、パートタイム・有期雇用労働法第8条・第9条が定める「不合理な待遇差の禁止」「差別的取扱いの禁止」との整合性を確認する必要があります。特に令和2年(大企業は令和2年4月、中小企業は令和3年4月)に施行された同一労働同一賃金のルールは、正社員と非正規雇用労働者との待遇差を検討するうえで人事担当者が理解しておくべき重要な法令です。

2-3. 賃金制度・等級制度の設計

賃金体系や等級制度の設計自体は経営判断に属しますが、決定した内容は就業規則(後述)に落とし込み、労働基準監督署へ届け出る必要があります。ここで、人事が設計した制度を、労務が労働基準法に適合する形で規程化する、という役割分担が生じます。


3. 「労務」の主な業務内容と法的根拠

労務は、人事に比べて法令上の義務が明確に規定されている業務が多いという特徴があります。代表的なものを条文とともに紹介します。

3-1. 労働条件の明示

労働契約を締結する際、使用者は賃金、労働時間その他の労働条件を労働者に明示しなければなりません。これは労働基準法第15条に規定されており、明示すべき事項の詳細は労働基準法施行規則第5条で定められています。令和6年4月からは、就業場所・業務の変更の範囲の明示など、明示事項が追加されている点にも留意が必要です(労働基準法施行規則の改正)。

3-2. 就業規則の作成・届出

常時10人以上の労働者を使用する事業場では、就業規則を作成し、所轄の労働基準監督署に届け出ることが労働基準法第89条により義務付けられています。就業規則には、始業・終業の時刻、休憩、休日、賃金の決定・計算方法、退職に関する事項などの「絶対的必要記載事項」を必ず記載しなければなりません。また、就業規則の変更手続については労働契約法第11条が労働基準法第89条・第90条の定めるところによるとしており、両法が連動していることが分かります。就業規則の作成・届出義務に違反した場合は、労働基準法第120条により30万円以下の罰金の対象となり得ます。

3-3. 36協定の締結・届出

法定労働時間(1日8時間・週40時間、労働基準法第32条)を超えて労働させる場合や、法定休日(毎週少なくとも1日、労働基準法第35条)に労働させる場合には、労働基準法第36条に基づく労使協定、いわゆる「36(サブロク)協定」を締結し、労働基準監督署へ届け出る必要があります。時間外労働の上限は、原則として月45時間・年360時間であり、臨時的な特別の事情がある場合(特別条項)でも、時間外労働と休日労働の合計が単月100時間未満、複数月平均80時間以内、かつ年720時間以内という上限を超えることはできません。これは働き方改革関連法による労働基準法改正(2019年施行、中小企業は2020年施行)で罰則付きの上限として法定化されたものです。

3-4. 社会保険・労働保険の手続き

健康保険・厚生年金保険・雇用保険・労災保険の資格取得や喪失の届出、給付申請などの手続きは、労務担当が日常的に扱う業務です。特に2024年10月からは、社会保険の適用対象が段階的に拡大されており、従業員数(厚生年金保険の被保険者数)51人以上の企業では、週の所定労働時間20時間以上、月額賃金8.8万円以上などの要件を満たす短時間労働者も新たに社会保険の加入対象となりました。この適用拡大は、短時間労働者に対する社会保険の適用拡大として2016年10月から段階的に実施されてきたものの一環です。自社が対象事業所に該当するかどうかは、厚生労働省の特設サイトで確認できます。

3-5. 安全衛生管理

労働安全衛生法は、事業者に対して労働者の安全と健康を確保する種々の措置を義務付けています。代表例が「ストレスチェック制度」です。2015年12月から、常時使用する労働者が50人以上の事業場では年1回のストレスチェックの実施が義務化されています。さらに、2025年5月14日に公布された「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律」により、これまで努力義務であった50人未満の事業場についても、ストレスチェックの実施が義務化されることが決まりました。50人未満の事業場への適用開始は、準備期間を考慮し、2028年4月1日が施行日として示されています。労務担当者は、この施行スケジュールを踏まえた実施体制の整備を、早めに検討しておく必要があります。


4. 人事と労務の違いを一覧で整理する

観点人事労務
主な目的人材の獲得・育成・活用による組織力の向上労働関係法令の遵守と、働きやすい環境の整備
対象個々の従業員(採用候補者を含む)事業場・組織全体の制度・手続き
主な業務採用、配置、評価、教育研修、賃金制度設計就業規則整備、36協定、社会保険手続き、給与計算実務、安全衛生管理
関連の深い法令男女雇用機会均等法、パートタイム・有期雇用労働法 等労働基準法、労働契約法、労働安全衛生法、健康保険法、厚生年金保険法、雇用保険法 等
従業員との関わり方直接的な関わりが多い(面談・評価等)間接的・バックオフィス的な関わりが多い

ただし、この整理はあくまで実務上の一般的な傾向であり、法律で明確に業務範囲が線引きされているわけではない点は改めて強調しておきます。中小企業では一つの部署・担当者が人事と労務の両方を兼務することも多く、その場合は業務の目的を意識しながら優先順位をつけることが重要になります。


5. 人事・労務双方に関わる最新の法改正動向

人事と労務は業務としては区別できても、法改正への対応という点では両者が連携して進める必要がある場面が多くあります。ここでは、社労士として企業から相談を受けることの多い直近の法改正を紹介します。

5-1. 育児・介護休業法の改正(2025年4月・10月施行)

2025年4月1日から、子の看護休暇の対象拡大(義務化)、所定外労働の制限(残業免除)の対象拡大、育児休業取得状況の公表義務の対象拡大(常時雇用する労働者数300人超の企業)などが施行されました。さらに2025年10月1日からは、3歳以上小学校就学前の子を養育する労働者に対して、事業主が柔軟な働き方を実現するための措置を複数の選択肢から2つ以上講じることや、個別の意向聴取・配慮を行うことが義務化されています。これらの改正は、制度設計は人事、就業規則への落とし込みと運用は労務、という形で連携が求められる典型例です。

5-2. 社会保険の適用拡大(2024年10月~)

前述のとおり、従業員数51人以上の企業では、一定の要件を満たす短時間労働者も社会保険の加入対象となりました。対象者の把握や説明は人事・労務双方の連携が必要な業務であり、対象外の企業についても、今後さらなる適用拡大が段階的に検討されている点に留意が必要です。

5-3. ストレスチェック義務化の対象拡大

前述のとおり、2025年5月14日公布の改正労働安全衛生法により、2028年4月1日から、常時使用する労働者が50人未満の事業場にもストレスチェックの実施が義務化される予定です。産業医の選任義務(労働安全衛生法第13条、常時50人以上の事業場が対象)とは適用基準が異なる点も含め、規模の小さい企業ほど早めの準備が求められます。


6. データで見る日本企業の労働条件の実態

厚生労働省が実施する「就労条件総合調査」は、民間企業における労働時間や休暇制度の実態を毎年明らかにする調査です。令和7年調査(常用労働者30人以上の民営企業が対象)によれば、令和6年(または令和5会計年度)における年次有給休暇の労働者1人平均取得率は66.9%となり、昭和59年の調査開始以降で過去最高を更新しました。政府は「過労死等の防止のための対策に関する大綱」において、年次有給休暇取得率を70%以上とすることを目標に掲げており、企業には取得率向上に向けた計画的付与制度の活用などが求められています。こうした統計データは、労務担当者が自社の制度を見直す際の客観的な比較材料としても有用です。


7. 人事労務の実務を社労士に相談するメリット

人事・労務の業務のうち、労働社会保険諸法令に基づく手続きや帳簿書類の作成、これらに関する相談・指導は、社会保険労務士法第2条第1項に規定される社会保険労務士の業務です。同項は大きく以下の3つに整理されます。

  • 1号業務:労働社会保険諸法令に基づく申請書等の作成、提出代行、行政機関等に対する主張・陳述の代理
  • 2号業務:労働社会保険諸法令に基づく帳簿書類(就業規則、労働者名簿、賃金台帳等)の作成
  • 3号業務:事業における労務管理その他の労働・社会保険に関する事項についての相談・指導

このうち1号業務・2号業務は、社会保険労務士法第27条により、社会保険労務士または社会保険労務士法人以外の者が業として行うことが制限された、いわゆる独占業務です。就業規則の作成や社会保険手続きを外部に依頼する際は、この点を踏まえて依頼先を検討することをおすすめします。

一方で、採用戦略や人事評価制度の設計そのものは社労士の独占業務ではありませんが、制度を法令に適合した形で運用するための土台(就業規則・労使協定・賃金台帳等)を整備する場面では、社労士の専門知識が役立ちます。人事と労務、それぞれの専門性を理解した上で、社内の役割分担や外部専門家の活用を検討することが、法令遵守と組織運営の両立につながります。


8. まとめ

  • 人事と労務は、法律上明確に区分された用語ではなく、実務上の役割の違いとして理解するのが正確です。
  • 人事は採用・配置・評価・育成など「ヒト」を活かす業務、労務は労働基準法・労働契約法・労働安全衛生法・各種社会保険関係法令に基づき、働く環境を整備する業務という傾向があります。
  • 就業規則(労働基準法第89条)、36協定(同法第36条)、労働条件明示(同法第15条)、社会保険の適用拡大、育児・介護休業法の改正、ストレスチェック義務化の対象拡大など、法改正への対応は人事・労務双方の連携が不可欠です。
  • 法令に基づく手続きや書類作成、相談・指導は社会保険労務士法上の社労士業務として位置付けられており、専門家への相談も有効な選択肢です。

人事と労務の違いを正しく理解することは、社内の業務分担を明確にし、法令遵守の抜け漏れを防ぐ第一歩になります。自社の制度が最新の法改正に対応できているか不安がある場合は、早めに社会保険労務士などの専門家に相談することをおすすめします。


参考文献・出典

(本記事は執筆時点で公表されている法令・行政資料に基づいて作成しています。法改正等により内容が変更される場合がありますので、最新の情報は厚生労働省等の公式サイトでご確認ください。また、本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言を行うものではありません。)

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