カスハラの定義とは?2026年10月施行の法改正をふまえ社会保険労務士が解説

「カスハラ」という言葉は日常的に使われるようになりましたが、法律上どのように定義されているかを正確に説明できる方は、実務担当者の方でもまだ多くありません。2025年(令和7年)6月、労働施策総合推進法等の改正法(令和7年法律第63号)が成立し、2026年(令和8年)10月1日から、企業にカスタマーハラスメント(以下「カスハラ」)防止のための雇用管理上の措置を講じることが法的義務として課されることになりました。

本記事では、社会保険労務士の立場から、厚生労働省が公表した告示・指針や政府広報など、行政官庁が発表した一次情報に基づき、カスハラの法的な定義、判断基準、そして企業が講じるべき措置の内容を整理します。特定の企業・個人を非難する意図はなく、あくまで制度の正確な理解を目的とした解説であることをあらかじめお断りしておきます。なお、本記事では税務に関する内容は取り扱いません。

目次

カスハラとは何か|社会問題化の背景

近年、小売業、飲食業、運輸業、医療・介護分野など幅広い業種で、顧客等からの理不尽な要求や暴言、威圧的な言動によって労働者が精神的・身体的な苦痛を受ける事案が相次いで報告されており、厚生労働省は「カスタマーハラスメントの防止対策の推進に係る関係省庁連携会議」を設置して対策を進めてきました。すでに令和4年2月には「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」が公表されており、企業向けの取り組みが呼びかけられていましたが、これまでは努力目標にとどまっていました。

こうした状況を受け、2025年6月に労働施策総合推進法等が改正され、パワーハラスメント・セクシュアルハラスメントと並んで、カスハラ防止措置が事業主の法的義務として明文化されることになりました(施行日:2026年10月1日)。

(出典:厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html

カスハラの法的根拠|労働施策総合推進法とカスハラ防止指針

カスハラ防止措置の義務は、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(昭和41年法律第132号。以下「労働施策総合推進法」)第33条第1項から第3項に規定されています。そして、事業主が具体的に講ずべき措置の内容は、同条第4項に基づき厚生労働大臣が定める指針によって示されます。

この指針が「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)です。同指針は2026年2月26日に公布され、施行日である2026年10月1日から適用されます。本記事におけるカスハラの定義や具体例は、すべてこの告示(指針)の内容に基づいています。

(出典:厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」令和8年厚生労働省告示第51号) https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf

カスハラの定義|3つの要素をすべて満たすもの

指針は、「職場におけるカスタマーハラスメント」を次の3つの要素をすべて満たすものと定義しています。

  1. 顧客等の言動であること
  2. その言動が、労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものであること
  3. その言動により労働者の就業環境が害されること

この①〜③の要素を「全て満たすもの」がカスハラに該当するとされており、いずれか一つでも欠ければカスハラには当たらないという点が実務上のポイントです。

重要なのは、指針が「顧客等からの苦情の全てが職場におけるカスタマーハラスメントに該当するわけではなく、客観的にみて、社会通念上許容される範囲で行われたものは、いわば正当な申入れであり、職場におけるカスタマーハラスメントには当たらない」と明記している点です。つまり、正当なクレームや改善要求とカスハラは明確に区別されており、企業側が顧客からの指摘を一律に「カスハラ」として扱うことも適切ではありません。

(出典:前掲・厚生労働省告示第51号 指針2項⑴)

「顧客等」とは誰を指すのか

指針における「顧客等」とは、現在の顧客に限らず、以下のような幅広い者を含む概念です。

  • 商品の購入やサービスの利用をする者(今後利用する可能性がある潜在的な顧客を含む)
  • 取引の相手方(今後取引する可能性のある者を含む)
  • 施設の利用者(駅・空港・病院・学校・福祉施設・公共施設等の利用者、その家族を含む)
  • 取引先の担当者、契約交渉の担当者
  • 施設の近隣住民

対面でのやり取りだけでなく、電話やSNS等インターネット上で行われる言動も対象に含まれることが明記されています。

「職場」「労働者」の範囲

指針が定める「職場」とは、労働者が通常就業する場所に限られず、取引先の事務所、打合せのための飲食店、顧客の自宅など、業務を遂行する場所であれば広く含まれます。

「労働者」についても、正規雇用労働者だけでなく、パートタイム労働者や契約社員などの非正規雇用労働者を含む、事業主が雇用するすべての労働者が対象です。また、派遣労働者についても、労働者派遣法第47条の4の規定により、労働者派遣の役務の提供を受ける企業(派遣先)は派遣労働者を雇用する事業主とみなされ、カスハラ防止措置を講ずる必要があるとされています。

「社会通念上許容される範囲を超えた言動」の判断基準

指針が示す最大のポイントは、どのような言動が「社会通念上許容される範囲を超えた」ものと判断されるかです。指針は、言動の内容が契約内容に照らして相当性を欠くもの、または手段・態様が相当でないものを指すとした上で、次のような要素を総合的に考慮して判断するとしています。

  • 当該言動の目的
  • 言動が行われた経緯・状況(労働者側の問題行動の有無・内容・程度を含む)
  • 業種・業態、業務の内容・性質
  • 言動の態様・頻度・継続性
  • 労働者の属性や心身の状況
  • 行為者との関係性

言動の「内容」が範囲を超える例

  • そもそも要求に理由がない、または商品・サービスと全く関係のない要求(性的な要求、労働者のプライバシーに関わる要求など)
  • 契約等により想定しているサービスを著しく超える要求
  • 対応が著しく困難、または不可能な要求(契約金額の著しい減額要求など)
  • 商品・サービスの内容と無関係な不当な損害賠償要求

言動の「手段・態様」が範囲を超える例

  • 身体的な攻撃(暴行、傷害、物を投げつける、つばを吐きかける等)
  • 精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要、盗撮・無断撮影等)
  • 威圧的な言動(大声で威圧する、反社会的な言動を行う等)
  • 継続的・執拗な言動(同様の要求や電子メールを執拗に繰り返す等)
  • 拘束的な言動(長時間の居座り、電話での拘束等)

指針は、「言動の内容」と「手段や態様」のいずれか一方のみが社会通念上許容される範囲を超える場合でも該当し得ることに留意が必要だとしています。また、事業主や労働者側の不適切な対応が言動の原因や背景となっている場合もあることにも留意するよう求めています。

(出典:前掲・厚生労働省告示第51号 指針2項⑸)

「労働者の就業環境が害される」とは

指針では、この要件を「当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること」と説明しています。

判断基準は「平均的な労働者の感じ方」、すなわち同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるかどうかです。頻度や継続性は考慮されますが、強い身体的・精神的苦痛を与える態様の言動であれば、1回限りの言動であっても就業環境を害すると判断され得る点は、実務上重要なポイントです。

障害者差別解消法との関係にも注意

指針は、カスハラ対策を検討する際、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(障害者差別解消法)にも留意する必要があると明記しています。障害者から、不当な差別的取扱いをしないよう求めることや、社会的障壁の除去を必要としている旨の意思を表明すること自体はカスハラには当たらず、事業主には過重な負担でない限り合理的配慮を提供する義務があるとされています。企業がカスハラ対応マニュアルを整備する際は、この点を混同しないよう注意が必要です。

(出典:前掲・厚生労働省告示第51号 指針2項⑴、4項柱書)

事業主に義務付けられる5つの措置

2026年10月1日以降、事業主は、カスハラ防止のために次の措置を雇用管理上講じなければなりません。

  1. 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発(毅然とした対応と労働者保護の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知すること)
  2. 相談体制の整備(相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること)
  3. 事後の迅速かつ適切な対応(事実関係の迅速・正確な確認、被害者への配慮、再発防止措置)
  4. 対応の実効性を確保するための抑止措置(特に悪質な事案への対処方針の策定と体制整備)
  5. 上記①〜④と併せて講ずべき措置(相談者等のプライバシー保護、相談等を理由とした不利益取扱いの禁止の周知)

このほか、他の事業主が雇用する労働者に対して自社の労働者がカスハラを行った場合の協力対応(労働施策総合推進法第33条第3項)についても努力義務が定められています。

(出典:前掲・厚生労働省告示第51号 指針4項、5項)

施行スケジュールと関連資料

改正法の施行日は2026年(令和8年)10月1日です。厚生労働省は、事業主向けに簡易版・詳細版のリーフレットを公表しており、実務対応の準備に活用できます。

クレームとカスハラを混同しないために

カスハラ対策を進めるうえで社労士として強調したいのは、正当なクレームとカスハラを明確に区別する視点です。指針が繰り返し述べているとおり、社会通念上許容される範囲内で行われる苦情や改善要求は、たとえ厳しい内容であっても「正当な申入れ」であり、カスハラには当たりません。企業がクレーム対応を過度に萎縮させたり、逆に労働者を保護すべき場面で放置したりすることのないよう、指針が示す①〜③の要素と、言動の「内容」「手段・態様」の両面から、個別の事案ごとに客観的に判断する姿勢が求められます。

また、指針は、カスハラの発生の原因や背景として、商品・サービス・接客等における問題や、顧客等とのコミュニケーション不足も考えられるとしており、防止対策は労働者保護の措置だけでなく、業務プロセスの見直しと一体で検討することが望ましいとされています。

まとめ|企業が今から準備すべきこと

2026年10月1日の改正労働施策総合推進法の施行により、カスハラ防止措置はパワーハラスメント・セクシュアルハラスメント対策と並ぶ、すべての事業主の法的義務となります。指針が示す3要件(①顧客等の言動、②社会通念上許容される範囲を超えたもの、③労働者の就業環境が害されるもの)を正確に理解した上で、

  • 社内方針の策定と周知・啓発
  • 相談窓口の整備
  • 対応マニュアルの作成(現場対応・記録・警察通報の基準を含む)
  • 就業規則等における不利益取扱い禁止の明記
  • 管理監督者・従業員への研修の実施

といった準備を、施行日までに計画的に進めることが重要です。自社の業種・業態に応じた実効性のある体制づくりについては、就業規則の整備や労務管理の観点から、顧問社会保険労務士など専門家に相談しながら進めることをおすすめします。


参考・引用文献(一次情報)

※本記事は2026年8月時点で公表されている一次情報に基づき作成しています。指針の運用に関するQ&A等が今後追加される可能性がありますので、最新情報は厚生労働省ウェブサイトをご確認ください。本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案における法的判断を行うものではありません。

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