はじめに
「カスハラ」という言葉をニュースやSNSで目にする機会が増えました。小売業、飲食業、コールセンター、医療・介護など、顧客や利用者と接する仕事に従事する方であれば、一度は「これはカスハラなのでは」と感じた経験があるかもしれません。
本記事では、社会保険労務士の立場から、カスハラの意味・定義を厚生労働省の資料に基づいて整理したうえで、2026年(令和8年)10月1日から施行される改正労働施策総合推進法によるカスハラ対策の義務化についても、法令・指針・行政資料といった一次情報のみを根拠に解説します。企業の労務担当者の方はもちろん、現場で働く労働者の方にもお役立ていただける内容を目指しました。
カスハラ(カスタマーハラスメント)とは?意味をわかりやすく解説
厚生労働省による定義
「カスハラ」とは「カスタマーハラスメント」の略称で、法令上の用語ではなく、行政資料や社会で広く使われている呼称です。厚生労働省は、令和4年2月に公表した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」の中で、カスタマーハラスメントについて次のように説明しています。
顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるものを指す、という考え方です(出典:厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」、あかるい職場応援団ウェブサイト「カスタマーハラスメントを知っていますか?」)。
さらに、令和8年10月1日に施行される改正労働施策総合推進法に基づく「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)に対応する厚生労働省の解説ページでは、職場におけるカスタマーハラスメントについて、以下の3つの要素をすべて満たすものと整理されています。
- 顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の事業主の行う事業に関係を有する者が行う言動であること
- 社会通念上許容される範囲を超えた言動であること
- その言動により、労働者の就業環境が害されるものであること
(出典:厚生労働省 あかるい職場応援団「カスタマーハラスメントの定義」)
つまりカスハラとは、単に「厳しい苦情」や「強い口調のクレーム」を指すものではなく、①要求内容の妥当性、②手段・態様の社会的相当性、③労働者の就業環境への悪影響という複数の要素を踏まえて判断される概念であるという点が重要です。
通常のクレームとの違い
商品やサービスに不備があった場合に消費者が事実関係の確認や改善を求めること自体は、正当な行為であり、事業者にとっても品質向上のための重要な情報源です。厚生労働省の資料でも、カスハラの発生の原因や背景には、商品・サービス・接客等における問題や顧客等とのコミュニケーション不足があることも指摘されています。実際、厚生労働省が令和6年に実施したスーパーマーケット業界における実態把握調査(企業調査)では、「カスハラに発展した原因」として「顧客対応・サービス等の遅延」が71.2%、「対応者の説明・コミュニケーションの不足」が63.6%と、対応側の不備が引き金になっているケースも少なくないという結果が示されています(出典:政府広報オンライン「カスハラとは?法改正により義務化されるカスハラ対策の内容やカスハラ加害者とならないためのポイントをご紹介」)。
したがって、カスハラ対策を検討する際には「顧客からの要求はすべて拒否すればよい」という単純な話ではなく、正当なクレームには誠実に対応しつつ、要求内容や手段・態様が社会通念を逸脱したものについて組織的に対応する、というバランスの取れた姿勢が求められます。
カスハラに該当しうる具体的な言動
厚生労働省の資料では、カスハラに類する行為として、企業が実際に受けた事例をもとにいくつかの類型が紹介されています。ここでは、それらの考え方の枠組みを整理して紹介します。
要求内容の妥当性を欠くと考えられるケース
- 商品やサービスに瑕疵・過失が認められない場合の交換要求や金銭要求
- 要求の内容が、社会通念に照らして過大であるもの
手段・態様が社会通念上不相当と考えられるケース
- 身体的な攻撃(暴行、傷害)
- 精神的な攻撃(脅迫、名誉毀損、侮辱、暴言)
- 威圧的な言動、土下座の要求
- 継続的、執拗な言動
- 拘束的な言動(長時間の拘束等)
- 差別的な言動、性的な言動
- 従業員個人への攻撃、要求
これらはあくまで整理の一例であり、実際の該当性は個別の事情を踏まえて総合的に判断される点に留意が必要です。事業者が独自に「カスハラ該当性」を判断するマニュアルを整備する際は、厚生労働省が公表している「業種別カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」なども参考になります(出典:あかるい職場応援団ウェブサイト)。
なぜ今、カスハラが社会問題になっているのか
カスハラへの対応が社会的な課題として注目されている背景には、実際に相談件数が増加しているというデータがあります。厚生労働省が実施した「職場のハラスメントに関する実態調査」(令和5年度)によると、過去3年間に労働者から「顧客等からの著しい迷惑行為」(カスハラ)に関する相談があったと回答した企業の割合は27.9%にのぼり、前回調査(令和2年度)と比較して8.4ポイント増加したことが明らかになっています(出典:政府広報オンライン、厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査(令和5年度)」)。
また、カスハラがあったと判断した企業が挙げた具体的な事例としては、「継続的、執拗な言動」「威圧的な言動」「精神的な攻撃」などが多く報告されています。これらの数値は、カスハラが一部の業種・企業に限られた特殊な問題ではなく、幅広い職場で発生し得る労務管理上のリスクであることを示しています。
こうした状況を踏まえ、国はパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントと同様に、カスタマーハラスメントについても法律上の防止措置義務を事業主に課す方向で法改正を進めてきました。
2026年10月1日施行 改正労働施策総合推進法とカスハラ対策の義務化
改正の概要
令和7年6月11日、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和7年法律第63号)が公布されました。この改正により、カスタマーハラスメントおよび求職者等に対するセクシュアルハラスメント(いわゆる「求職者等セクハラ」)の防止措置が、事業主の法律上の義務として新たに位置づけられることになりました。施行日は令和8年(2026年)10月1日です(出典:厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」)。
これにより、事業主に対しては、職場において顧客等から受ける就業環境を害する言動について、労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じることが法律上求められることになります。この枠組みは、既に義務化されているパワーハラスメント防止措置(労働施策総合推進法第30条の2)やセクシュアルハラスメント防止措置(男女雇用機会均等法第11条)と同様の法構造を採るものとされています(出典:牛島総合法律事務所「カスタマーハラスメント防止措置の義務化(2025年6月改正労働施策総合推進法)について」)。
なお、改正法では、事業主だけでなく国の責務についても定められており、厚生労働大臣が事業主の講ずべき措置に関する指針を策定すること、また国がカスハラに対する事業主やその他国民一般の関心と理解を深めるための広報・啓発活動等に努めることが規定されています(出典:三井住友海上「【2026年施行予定】カスタマーハラスメント対策が義務化へ!改正労働施策総合推進法が企業に与える影響」に引用の厚生労働省資料等を踏まえた整理)。
カスタマーハラスメント防止指針(令和8年厚生労働省告示第51号)
改正法の施行に合わせて、令和8年2月26日、「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)が公示されました。あわせて、求職者等に対するセクシュアルハラスメントに関する指針(令和8年厚生労働省告示第52号)も公示されています(出典:厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」)。
この指針の中で、職場におけるカスタマーハラスメントは、前述のとおり「①顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の事業主の行う事業に関係を有する者が行う」「②社会通念上許容される範囲を超えた言動により」「③労働者の就業環境が害されるもの」という3要素で整理されており、①から③までのすべてを満たすものがカスタマーハラスメントに該当するとされています(出典:厚生労働省 あかるい職場応援団「カスタマーハラスメントの定義」)。
事業主が講ずべき措置の考え方
具体的にどのような措置を講じるべきかは、厚生労働大臣が定める指針に規定されることになっています。既に義務化されているパワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、妊娠・出産等に関するハラスメントの防止指針では、共通して次のような枠組みが示されてきました。
- 事業主の方針等の明確化およびその周知・啓発
- 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- 職場におけるハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
カスタマーハラスメントの防止措置についても、これらと同様の枠組みを基本としつつ、顧客等という事業主の直接の指揮命令が及ばない第三者からの言動を対象とする特性を踏まえた内容が、令和8年厚生労働省告示第51号において示されています。事業主としては、社内方針の策定・周知、相談窓口の整備、対応マニュアルの整備、従業員への研修実施など、指針の内容に沿った体制整備を進めていくことが求められます。
なお、改正後の労働施策総合推進法では、カスハラに関する労使間の紛争について、都道府県労働局長が、当事者双方または一方からの申請に基づき、都道府県労働局に置かれた紛争調整委員会による調停を行わせることができる仕組みも整備されています(出典:BUSINESS LAWYERS「2026年10月カスハラ対策が義務化!企業が講ずべき措置を解説」に引用の改正後労働施策総合推進法の内容)。
企業が今から準備すべきこと(社会保険労務士の視点から)
令和8年10月1日の施行まで一定の準備期間がありますが、体制整備には時間を要するため、早めの着手が望まれます。社会保険労務士の立場から、実務上のポイントを整理すると、次のような点が挙げられます。
- 社内方針の明確化:カスタマーハラスメントに対する会社としての基本姿勢を明文化し、就業規則や社内規程、あるいは独自のガイドラインとして整備すること。
- 相談体制の整備:パワーハラスメントやセクシュアルハラスメントの相談窓口と一体的に、あるいは新たにカスハラ専用の相談ルートを設け、相談があった際の対応フローを定めること。
- 対応マニュアルの作成:厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」や業種別マニュアルを参考に、現場で起きた際の初動対応、記録の取り方、エスカレーションのルールを明文化すること。
- 従業員研修の実施:現場の従業員が一人で抱え込まず、組織として対応できるよう、定期的な研修を行うこと。
- 記録・証拠の保全体制:録音・録画機器の導入や、対応記録のフォーマット整備など、事後の適切な対応に資する体制を検討すること。
これらの取組は、単に法律上の義務を履行するというだけでなく、従業員の就業環境を守り、離職防止やメンタルヘルス不調の予防にもつながる重要な労務管理上の施策です。
労働者・現場担当者が知っておきたいポイント
現場で顧客等と接する労働者にとっては、「これはカスハラにあたるのか」を一人で判断するのではなく、会社の相談窓口や上長に早めに共有することが大切です。厚生労働省の資料でも、対応者を一人にさせないことや組織として対応することがカスハラの予防・軽減に効果的であるとされています(出典:政府広報オンライン、前掲)。
また、正当なクレームとカスハラとの線引きは個別の状況によって異なるため、迷った場合には自己判断で対応を打ち切るのではなく、社内のルールに沿って上司や相談窓口に報告し、組織としての対応方針を確認することが望まれます。
よくある質問(FAQ)
Q1. カスハラとパワハラは何が違うのですか?
パワーハラスメントは、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより労働者の就業環境が害されるものであり、主に事業主・上司・同僚など職場内部の人間関係を前提とした概念です。これに対しカスタマーハラスメントは、顧客、取引先、施設利用者など、事業主の指揮命令が直接及ばない事業関係者からの言動を対象とする点が異なります。もっとも、いずれも「労働者の就業環境が害されること」を要件とする点は共通しており、事業主の雇用管理上の措置義務という法的な枠組みも同様の考え方に基づいています(出典:厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」)。
Q2. カスハラ対策は大企業だけが対象ですか?
改正労働施策総合推進法によるカスタマーハラスメント防止措置の義務は、企業規模による適用除外は設けられていません。同様の構造を持つパワーハラスメント防止措置義務についても、大企業・中小企業を問わず対象とされてきた経緯があることから、カスハラ対策についても幅広い事業主が対象になるものと考えられます。自社の対応が必要かどうかについては、施行までに公表される指針やリーフレット等の最新情報を必ずご確認ください(出典:厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」)。
Q3. 施行日である令和8年10月1日より前に対策を始めても意味がありますか?
意味があります。相談体制や社内マニュアルの整備、従業員研修の実施には一定の時間がかかるため、厚生労働省が公表しているカスタマーハラスメント対策企業マニュアルや業種別マニュアルを参考にしながら、施行前から準備を進めることが望ましいといえます。また、法律上の義務化を待たずとも、従業員の就業環境を守るための取組として、既に多くの企業がカスハラ対策に着手しています(出典:政府広報オンライン、前掲)。
Q4. 従業員がカスハラを受けた場合、会社にはどのような対応が求められますか?
改正法の考え方に沿えば、事業主は、労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じることが求められます。具体的には、相談窓口での丁寧な聞き取り、事実確認、被害を受けた労働者への配慮(配置転換や複数対応への切り替えなど)、必要に応じた警察や弁護士等外部機関との連携が考えられます。あわせて、改正後の労働施策総合推進法では、都道府県労働局長による助言・指導・勧告に加え、労使間の紛争について都道府県労働局の紛争調整委員会による調停の仕組みも用意されています(出典:BUSINESS LAWYERS、前掲)。
まとめ
カスハラとは、顧客等からのクレーム・言動のうち、要求内容の妥当性に照らして手段・態様が社会通念上不相当であり、それによって労働者の就業環境が害されるものを指す概念です。厚生労働省の実態調査では、カスハラに関する相談があったと回答した企業の割合が増加傾向にあることが示されており、社会全体で対応が求められる課題となっています。
令和8年(2026年)10月1日には、改正労働施策総合推進法の施行により、カスタマーハラスメント対策が事業主の法律上の義務となります。あわせて公示された指針(令和8年厚生労働省告示第51号)に沿って、社内方針の明確化、相談体制の整備、対応マニュアルの作成など、計画的な準備を進めることが企業に求められます。
カスハラ対策は、顧客対応の質を維持しながら従業員の就業環境を守るという、両立が求められる難しいテーマでもあります。自社の状況に応じた体制整備でお悩みの際は、顧問社会保険労務士など専門家への相談もご検討ください。
参照・引用一次情報
- 厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」(改正法・指針の公布・施行に関する情報) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html
- 厚生労働省 あかるい職場応援団「カスタマーハラスメントとは(定義)」 https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/foundation/harassment_list/customer-hara
- 厚生労働省 あかるい職場応援団「カスタマーハラスメントを知っていますか?」(カスタマーハラスメント対策企業マニュアルの定義等) https://no-harassment.mhlw.go.jp/customer_hara_index
- 政府広報オンライン「カスハラとは?法改正により義務化されるカスハラ対策の内容やカスハラ加害者とならないためのポイントをご紹介」(厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査(令和5年度)」等の紹介) https://www.gov-online.go.jp/article/202510/entry-9370.html
- 牛島総合法律事務所「カスタマーハラスメント防止措置の義務化(2025年6月改正労働施策総合推進法)について」 https://www.ushijima-law.gr.jp/client-alert_seminar/client-alert/20250612customerharassment/
- BUSINESS LAWYERS「2026年10月カスハラ対策が義務化!企業が講ずべき措置を解説」 https://www.businesslawyers.jp/articles/1457
- 三井住友海上 MSコンパス「【2026年施行予定】カスタマーハラスメント対策が義務化へ!改正労働施策総合推進法が企業に与える影響」 https://mscompass.ms-ins.com/business-news/customer-harassment-law/
※本記事は上記の法令・告示および行政機関等が公表する一次情報・公的資料に基づいて作成しています。個別の事案への該当性や具体的な対応については、最新の指針・通達等をご確認のうえ、顧問の社会保険労務士や弁護士等の専門家にご相談ください。
