はじめに
「カスタマーハラスメント対策方針」の策定は、2026年10月1日の法改正施行を控え、業種・規模を問わずすべての企業にとって避けて通れない実務課題となりました。
本記事では、社会保険労務士の立場から、法令・厚生労働省告示・行政機関が公表する一次資料のみを根拠として、カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」)対策方針の位置づけと、企業が講ずべき具体的な措置について整理します。特定の団体や立場に偏ることなく、公平な情報提供を心がけていますので、これから対策方針を策定される企業のご担当者様は、ぜひ最後までご覧ください。
なお、本記事は税務に関する内容には触れておりません。
カスハラは今、どれくらい起きているのか
厚生労働省が令和6年3月に公表した「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」(厚生労働省委託事業、PwCコンサルティング合同会社実施)によると、過去3年間に各ハラスメントの相談があったと回答した企業の割合は、パワーハラスメントが64.2%、セクシュアルハラスメントが39.5%に次いで、「顧客等からの著しい迷惑行為」(いわゆるカスハラ)が27.9%となっており、令和2年度調査の19.5%から8.4ポイント増加しています(出典:厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」〔https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001541299.pdf〕)。
また、同調査では、顧客等からの著しい迷惑行為の相談件数の推移について、「件数が増加している」との回答が「減少している」との回答を上回っていることも示されています。こうした実態を踏まえ、これまで「望ましい取組」の位置づけにとどまっていたカスハラ対策が、法律上の義務へと引き上げられることになりました。
カスハラ対策方針とは何か——法律上の位置づけ
根拠となる法律:改正労働施策総合推進法
2025年6月4日、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律」が国会で可決・成立しました。この改正法により、既存の労働施策総合推進法(昭和41年法律第132号)が改正され、カスハラ対策が事業主の「雇用管理上の措置義務」として明文化されています(改正後の労働施策総合推進法第33条第1項)。
施行日は、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律の施行期日を定める政令により、2026年(令和8年)10月1日と定められています(出典:厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」〔https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/zaitaku/index_00003.html〕、施行期日を定める政令PDF〔https://www.mhlw.go.jp/content/001662631.pdf〕)。
対象となる事業主は「労働者を1人でも雇用する事業主」であり、業種・規模を問いません。この義務に違反した事業主は、行政による報告徴求命令、助言、指導、勧告または公表の対象となります(改正後の労働施策総合推進法第33条)。
改正法におけるカスハラの定義
改正後の労働施策総合推進法第33条では、カスハラ(条文上は「顧客等言動」)を次のように定義しています。
職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動であって、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、当該労働者の就業環境が害されること
厚生労働省が2026年2月26日付で告示した「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)では、この定義がさらに具体化されています(出典:厚生労働省告示〔https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf〕)。同指針によれば、対象となる「顧客等」にはBtoCの一般消費者だけでなくBtoBの取引先担当者も含まれ、また「職場」における言動には対面のものだけでなく、SNS等インターネット上で行われるものも含まれるとされています。
指針では、社会通念上許容される範囲を超えた言動の典型例として、以下の2つの観点が示されています。
- 要求の内容が社会通念上許容される範囲を超えるもの(そもそも理由のない要求、契約内容を著しく超えるサービスの要求、性的な要求、不当な損害賠償請求など)
- 手段・態様が社会通念上許容される範囲を超えるもの(暴行・傷害等の身体的攻撃、脅迫・侮辱・土下座の強要等の精神的攻撃、威圧的な言動、継続的・執拗な言動、不退去・居座り等の拘束的な言動)
いずれも限定列挙ではなく、現場での個別判断が必要になる点には留意が必要です。
「対策方針」は指針が定める措置の第一の柱
厚生労働省告示の指針は、事業主が講ずべき措置として、大きく分けて4つの柱と、それらに併せて講ずべき措置を定めています。このうち、記事タイトルにある「対策方針」の明確化は、その第一の柱に位置づけられています。
柱1:事業主の方針等の明確化およびその周知・啓発
指針は、事業主に対し、次の内容を措置として講じることを求めています。
- 職場におけるカスハラには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針を明確化し、労働者に周知・啓発すること
- 職場におけるカスハラの内容および対処方法を定めること
- 上記の内容を労働者に周知すること
具体的な対応例として、社内報・パンフレット・社内ホームページ等での方針の周知、経営トップからのメッセージ発信、研修・講習の実施などが挙げられています。また対処方法としては、労働者を1人で対応させない体制、管理監督者への即時報告、顧客等とのやり取りの録音・録画(個人情報保護法等の遵守を前提とする)、犯罪に該当し得る言動への警察通報、法的対応が必要な場合の弁護士への相談連携などが例示されています。
つまり「カスタマーハラスメント対策方針」とは、単なる理念的な宣言文にとどまらず、①会社としての基本姿勢の明文化、②カスハラの定義・具体例、③発生時の対処フロー、④相談窓口の案内、⑤労働者を守る旨の宣言、という複数の要素を備えた社内文書として整備することが、指針の求める水準に合致すると考えられます。
柱2:相談・苦情に応じ、適切に対応するための体制整備
事業主は、相談窓口をあらかじめ定めて労働者に周知し、担当者が状況に応じて適切に対応できる体制を整える必要があります。カスハラに該当するか判断が微妙な事案についても、幅広く相談を受け付けることが求められている点が特徴です。
柱3:事後の迅速かつ適切な対応
相談があった場合には、事実関係を迅速かつ正確に確認したうえで、被害者への配慮措置(担当変更、配置転換、メンタルヘルス対応など)、再発防止策を講じる必要があります。事実確認が困難な場合には、改正後の労働施策総合推進法第37条に基づき、都道府県労働局の紛争調整委員会による調停を申請することも選択肢として位置づけられています。
柱4:対応の実効性を確保するための抑止措置
特に悪質な言動を繰り返す顧客等に対しては、あらかじめ対処方針を定めておくことが求められます。指針では、警察への通報、警告文の発出、法令上可能な範囲での商品・サービス提供の拒否、施設への出入り禁止、民事保全法に基づく仮処分の申立てなどが対応例として紹介されています。
併せて講ずべき措置
以上の4本柱に加えて、指針は次の2点を「併せて講ずべき措置」として位置づけています。
- 相談者等のプライバシー(性的指向・ジェンダーアイデンティティ等の機微な個人情報を含む)を保護する措置とその周知
- カスハラの相談等を行ったことを理由とする解雇その他の不利益取扱いの禁止(これは改正後の労働施策総合推進法第33条第2項にも明記されています)
労働者・事業主・国・顧客それぞれの責務
改正法は、事業主の措置義務にとどまらず、関係者それぞれの責務も規定しています。
- 事業主:雇用管理上の措置義務(第33条第1項)、不利益取扱いの禁止(第33条第2項)、他の事業主から協力を求められた際の努力義務(第33条第3項)
- 労働者:事業主の措置への協力努力義務、他の事業主が雇用する労働者への言動に必要な注意を払う努力義務(第34条)
- 顧客等:労働者の就業環境を害することのないよう必要な注意を払う努力義務(第34条)
- 国:指針の策定(第33条第4項)、広報・啓発活動の実施(第34条)
このように、カスハラ対策法は事業主だけでなく、労働者や顧客等にも一定の努力義務を課す構造になっている点が特徴です。
既存のハラスメント法制との関係
今回の改正により、カスハラは、雇用管理上の措置義務の対象となる4種類のハラスメント(セクシュアルハラスメント〔男女雇用機会均等法〕、パワーハラスメント〔労働施策総合推進法〕、妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント〔男女雇用機会均等法・育児介護休業法〕、介護休業等に関するハラスメント〔育児介護休業法〕)に加わる形になります。従来、パワーハラスメント防止指針(令和2年厚生労働省告示第5号)の中で「望ましい取組」として位置づけられていたカスハラ対応が、独立した措置義務・指針へと格上げされた形です。
地方自治体の条例との関係
法改正に先立ち、東京都では2024年10月4日に「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」が制定され、2025年4月に施行されています(出典:東京都例規集〔https://www.reiki.metro.tokyo.lg.jp/reiki/reiki_honbun/g101RG00005328.html〕)。同条例をはじめ、北海道、群馬県、三重県桑名市など複数の自治体で同種の条例が制定されていますが、これらは事業者に対する努力義務を中心とした内容であり、条例違反への直接罰則は設けられていません。
これに対して、2026年10月施行の改正労働施策総合推進法は、事業主に対する法律上の措置義務として位置づけられ、行政指導の対象となる点で条例とは性格が異なります。両者は矛盾するものではなく、地域の実情に応じた条例と全国一律の法律とが役割を分担する関係にあると整理されています。
障害者差別解消法・消費者関連法制への目配りも必要
カスハラ対策を検討するにあたっては、正当なクレームとの線引きにも注意が必要です。政府広報オンラインの解説では、カスハラ対策を講じる際に、消費者の権利に関する法制や、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」に基づく不当な差別的取扱いの禁止・合理的配慮の提供義務にも留意する必要がある旨が紹介されています(出典:政府広報オンライン「カスハラとは?法改正により義務化されるカスハラ対策の内容やカスハラ加害者とならないためのポイントをご紹介」〔https://www.gov-online.go.jp/article/202510/entry-9370.html〕)。
つまり、対策方針や対処フローを設計する際には、「顧客の要求を一律に拒絶するための方針」ではなく、正当な指摘・要望と、社会通念上許容される範囲を超えた言動とを区別できる内容にすることが求められます。
企業が参照できる厚生労働省の公表資料
厚生労働省は、指針の内容も踏まえたリーフレット(簡易版・詳細版)を公表しています。
- リーフレット簡易版:「2026年(令和8年)10月1日から、カスタマーハラスメント対策、求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策が義務化されます!」〔https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662576.pdf〕
- リーフレット詳細版:〔https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662580.pdf〕
また、2022年2月には指針に先立って「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」が公表されており、対策方針の策定にあたっての基本的な枠組みや業種別の対応例が示されています(出典:厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」〔https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000915233.pdf〕)。あわせて、厚生労働省のハラスメント対策総合サイト「あかるい職場応援団」でも、パンフレット・リーフレット・ポスター等の資料がダウンロードできるようになっています(出典:あかるい職場応援団「資料ダウンロード」〔https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/download/〕)。
これらは厚生労働省が一次情報として公表している資料であるため、社内文書を作成する際の一次的な参照先として活用することができます。
施行までに企業が準備すべきこと
指針が求める措置義務の内容を踏まえると、施行日(2026年10月1日)までに、企業は概ね以下のような準備を進める必要があると考えられます。
- カスタマーハラスメント対策方針の策定・社内周知(経営トップメッセージを含む)
- 相談窓口の設置・担当者の選任と、対応マニュアルの整備
- 現場対応フロー(初期対応、報告ルート、録音・録画の取扱い、警察通報の基準等)の明文化
- 就業規則等における不利益取扱い禁止規定の整備
- 管理監督者・相談窓口担当者向けの研修実施
- 悪質事案に対する抑止措置(警告文、出入り禁止、法的措置等)の方針策定
これらはいずれも、指針が「措置を講じなければならない」としている項目に対応するものであり、企業の実情に応じて内部規程やマニュアルへ落とし込んでいくことになります。
まとめ
カスタマーハラスメント対策方針の策定は、2026年10月1日に施行される改正労働施策総合推進法により、労働者を1人でも雇用するすべての事業主にとって法律上の義務となります。厚生労働省が2026年2月26日に告示した指針では、①方針の明確化・周知啓発、②相談体制の整備、③事後対応、④抑止措置という4本の柱と、プライバシー保護・不利益取扱い禁止という併せて講ずべき措置が具体的に示されています。
対策方針は、これらの措置義務全体の出発点となる重要な文書です。厚生労働省が公表する指針・マニュアル・リーフレットといった一次資料を確認しながら、自社の業種・業態の実情に即した方針・体制を整備していくことが、施行日までに求められる対応といえます。
社会保険労務士は、就業規則の整備や労働者への周知方法、相談体制の構築など、労務管理の観点からカスハラ対策方針の策定を支援する専門家です。自社での対応に不安がある場合は、顧問の社会保険労務士や弁護士など専門家への相談も検討されることをおすすめします。
主な参照・引用元一覧
- 厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/zaitaku/index_00003.html
- 厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf
- 厚生労働省「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律の施行期日を定める政令」https://www.mhlw.go.jp/content/001662631.pdf
- 厚生労働省「カスタマーハラスメント対策・セクシュアルハラスメント対策 義務化リーフレット」(簡易版)https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662576.pdf(詳細版)https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662580.pdf
- 厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(令和4年2月)https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000915233.pdf
- 厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001541299.pdf
- あかるい職場応援団(厚生労働省)「資料ダウンロード」https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/download/
- 政府広報オンライン「カスハラとは?法改正により義務化されるカスハラ対策の内容やカスハラ加害者とならないためのポイントをご紹介」https://www.gov-online.go.jp/article/202510/entry-9370.html
- 東京都例規集「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」https://www.reiki.metro.tokyo.lg.jp/reiki/reiki_honbun/g101RG00005328.html
本記事は2026年8月時点で公表されている一次情報に基づき作成しています。法令・指針は今後改正される可能性があるため、実際の対応にあたっては最新の厚生労働省公表資料をご確認いただくか、顧問の社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。
