はじめに
「最低賃金」は、毎年秋になるとニュースでも大きく取り上げられるテーマです。令和7年度(2025年度)は全国加重平均で時給1,121円となり、統計が現在の目安制度になった1978年度以降で最大の引き上げ幅を記録しました。
本記事では、社会保険労務士の立場から、最低賃金制度の法的な仕組み、令和7年度の全国の金額、決定の基準、違反した場合の効力・罰則、そして今後の見通しまでを、厚生労働省の公表資料や最低賃金法の条文といった一次情報にもとづいて整理します。採用担当者・人事労務担当者の方はもちろん、ご自身の時給が適正かどうかを確認したい労働者の方にも役立つ内容を目指しています。
なお、本記事では税務(所得税・住民税等)に関する内容には触れておりません。税務上の取り扱いについては税理士等の専門家にご確認ください。
1. 最低賃金制度とは — 法的根拠から理解する
1-1 最低賃金法の目的
最低賃金制度は、最低賃金法(昭和34年法律第137号)にもとづく制度です。同法第1条は、賃金の低廉な労働者について賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、労働者の生活の安定、労働力の質的向上、事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的として定めています。
つまり最低賃金制度は、単に「働く人の手取りを増やす」ための制度ではなく、労使双方にとって公正な競争環境を整備するという政策的な意味合いも持っている点が重要です。
1-2 地域別最低賃金と特定(産業別)最低賃金の違い
最低賃金には、大きく分けて次の2種類があります。
- 地域別最低賃金:産業や職種を問わず、都道府県内で働くすべての労働者とその使用者に原則として適用される最低賃金です。パート・アルバイト・契約社員等の雇用形態を問わず適用されます。
- 特定(産業別)最低賃金:特定の産業について、労使の申出にもとづき地域別最低賃金より高い水準で設定される最低賃金です。当該産業の基幹的な労働者に適用され、18歳未満・65歳以上の方や技能習得中の方などは適用対象外とされています。
厚生労働省の資料でも、この2つの最低賃金の性質の違いが明記されています。地域別最低賃金と特定最低賃金の両方が同時に適用される場合は、両者のうち金額の高い方が適用されます(最低賃金法第6条)。
2. 令和7年度(2025年度)地域別最低賃金の全国一覧
2-1 全国加重平均は時給1,121円
厚生労働省が公表した「令和7年度地域別最低賃金の全国一覧」によれば、令和7年度の地域別最低賃金は、全国加重平均で時給1,121円となりました。これは前年度(1,055円)から66円、率にして約6.3%の引き上げであり、現行の目安制度が始まった昭和53年度(1978年度)以降で最大の上げ幅です。
この改定により、初めて全47都道府県すべてで時間額1,000円を超えました。全国一律の最低賃金ではなく、都道府県ごとに金額を設定する「地域別」の仕組みが維持されつつ、全国的な底上げが進んだことがわかります。
2-2 都道府県別の代表的な金額
厚生労働省の公表資料および各都道府県労働局の公表情報にもとづく、令和7年度の主な都道府県の地域別最低賃金額(時間額)は次のとおりです。
| 都道府県 | 最低賃金額 | 発効日(予定含む) |
|---|---|---|
| 東京都 | 1,226円 | 令和7年10月3日 |
| 神奈川県 | 1,225円 | 令和7年10月1日頃 |
| 大阪府 | 1,177円 | 令和7年10月16日 |
| 埼玉県 | 1,141円 | 令和7年11月1日 |
| 千葉県 | 1,140円 | 令和7年10月3日 |
| 京都府 | 1,122円 | 令和7年11月21日 |
| 兵庫県 | 1,116円 | 令和7年10月4日 |
| 福岡県 | 1,057円 | 令和7年11月16日 |
| 宮城県 | 1,038円 | 令和7年10月4日 |
| 岩手県 | 1,031円 | 令和7年12月1日 |
| 高知県・宮崎県・沖縄県 | 各1,023円 | 都道府県ごとに順次 |
最高額の東京都(1,226円)と、最も低い高知県・宮崎県・沖縄県(各1,023円)との差は203円です。都市部と地方部の間には依然として一定の地域差が存在しますが、低い水準にあった県ほど引き上げ額(率)が大きくなる傾向が続いており、地域間格差の是正も政策上の論点となっています。
2-3 発効日は都道府県ごとに異なる点に注意
地域別最低賃金の発効日は全国一律ではなく、都道府県ごとに10月から翌年にかけて順次適用されます。したがって、「令和7年10月になったから全国一斉に新しい金額になる」わけではない点に注意が必要です。自社の本社・支店・営業所などが複数の都道府県にまたがる場合は、それぞれの事業場が所在する都道府県の発効日を個別に確認する必要があります。最新かつ正確な金額・発効日は、厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」ページで随時確認することをおすすめします。
3. 最低賃金はどのように決まるのか
3-1 決定の3要素(最低賃金法第9条第2項)
地域別最低賃金は、行政が一方的に決めるものではなく、法律に定められた基準にもとづいて審議・決定されます。最低賃金法第9条第2項は、地域別最低賃金は「地域における労働者の生計費及び賃金並びに通常の事業の賃金支払能力を考慮して定められなければならない」と規定しています。
- 労働者の生計費:労働者が生活していくために必要な費用
- 労働者の賃金:地域における賃金の実態
- 通常の事業の賃金支払能力:地域の事業者が現実的に負担できる水準
この3つの要素は、いずれか一つが優先されるものではなく、総合的に勘案して決定すべきものとされています(厚生労働省・中央最低賃金審議会資料「最低賃金の決定基準」より)。
3-2 生活保護施策との整合性(最低賃金法第9条第3項)
最低賃金法第9条第3項では、労働者の生計費を考慮するにあたり「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性に配慮するものとする」と定められています。これは日本国憲法第25条が保障する生存権の理念を、賃金の最低基準というかたちで具体化した規定であるといえます。
3-3 中央最低賃金審議会の「目安」と地方審議会の「答申」
地域別最低賃金の決定プロセスは、おおむね次のような流れで進みます。
- 厚生労働大臣の諮問を受けた中央最低賃金審議会が、都道府県を経済実態に応じてランク分けし、各ランクの引き上げ額の「目安」を提示(例年7月頃)
- 各都道府県に設置された地方最低賃金審議会が、中央の目安を参考にしつつ、地域の労使の意見や賃金実態調査の結果等を踏まえて審議し、都道府県労働局長に答申
- 都道府県労働局長が、この答申にもとづき地域別最低賃金を決定・公示(最低賃金法第10条・第11条)
このように、公労使三者(公益代表・労働者代表・使用者代表)による審議会での議論を経て決定される点が、この制度の大きな特徴です。
4. 最低賃金の対象となる賃金・ならない賃金
最低賃金と比較する賃金は、労働者が実際に受け取る賃金総額そのものではありません。最低賃金法第4条第3項および同法施行規則にもとづき、次のような賃金は比較の対象から除外されます。
- 精皆勤手当、通勤手当、家族手当
- 臨時に支払われる賃金(結婚手当等)
- 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等)
- 所定労働時間を超える労働に対して支払われる賃金(時間外・休日・深夜割増賃金)
したがって、基本給や諸手当のうち上記に該当するものを除いた「所定内賃金」を時間額に換算した金額が、地域別最低賃金額以上であるかどうかを確認する必要があります。月給制の場合は「月給 ÷ 1か月平均所定労働時間」で時間換算額を算出し、最低賃金額と比較することが実務上のポイントです。
5. 最低賃金には例外がある — 減額特例許可制度
最低賃金法第7条は、都道府県労働局長の許可を受けた場合に限り、一定の労働者について最低賃金額を減額して適用できる制度(最低賃金の減額の特例)を定めています。対象となり得るのは、次のような労働者です。
- 精神または身体の障害により著しく労働能力の低い方
- 試用期間中の方
- 認定職業訓練を受ける方のうち厚生労働省令で定める方
- 軽易な業務に従事する方
- 断続的労働に従事する方
この特例はあくまで都道府県労働局長の許可を受けた場合に限られる例外的な制度であり、使用者が独自の判断で最低賃金を下回る賃金を支払ってよいわけではない点に留意が必要です。
6. パート・アルバイト・派遣労働者への適用
地域別最低賃金は、正社員・パート・アルバイト・契約社員など雇用形態を問わず、原則としてすべての労働者に適用されます。「アルバイトだから最低賃金の対象外」ということはありません。
また、派遣労働者については、最低賃金法第13条により、派遣元ではなく「派遣先」の事業場が所在する都道府県の地域別最低賃金(または派遣先の業務に適用される特定最低賃金)が適用されます。派遣元の所在地の最低賃金ではない点は、実務上誤解が生じやすいポイントですので注意が必要です。
7. 最低賃金を下回った場合の法的効力と罰則
7-1 最低賃金法第4条(最低賃金の効力)
最低賃金法第4条第1項は、使用者は最低賃金の適用を受ける労働者に対し、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならないと定めています。同条第2項では、最低賃金額に達しない賃金を定める労働契約は、その部分について無効とし、無効となった部分は最低賃金額と同様の定めをしたものとみなす、とされています。つまり、たとえ労使間で最低賃金を下回る時給に合意していたとしても、その合意は法律上無効であり、自動的に最低賃金額での契約とみなされます。
7-2 罰則規定
地域別最低賃金額以上の賃金を支払わなかった場合、最低賃金法第40条により、50万円以下の罰金が科される可能性があります(同条は地域別最低賃金および船員に適用される特定最低賃金に係る違反に限定して適用されます)。
なお、特定(産業別)最低賃金額を下回る賃金しか支払わなかった場合は、最低賃金法ではなく労働基準法第24条(賃金の全額払いの原則)違反として扱われ、労働基準法第120条により30万円以下の罰金の対象となります。
さらに、労働者が最低賃金法違反の事実を労働基準監督署等に申告したことを理由に、使用者がその労働者を解雇するなど不利益な取り扱いをした場合には、最低賃金法第39条により、6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金という、より重い罰則が定められています。
8. 使用者の周知義務(最低賃金法第8条)
最低賃金法第8条は、最低賃金の適用を受ける労働者を使用する使用者に対し、当該最低賃金の概要を、常時作業場の見やすい場所に掲示する等の方法により、労働者に周知させるための措置を講じなければならないと定めています。最低賃金が改定された際には、掲示物の内容も速やかに更新する必要があります。
9. 今後の見通し — 「全国平均1,500円」目標のゆくえ
政府は、地域別最低賃金の全国加重平均について、「1,500円」への引き上げを政策目標として掲げています。当初は「2030年代半ばまで」とされていた達成時期が、その後「2020年代中」へと前倒しされ、令和7年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2025」(いわゆる骨太の方針2025)にその方針が明記されました。
もっとも、令和8年6月30日の経済財政諮問会議に示された「経済財政運営と改革の基本方針2026」の原案では、労働生産性の継続的な向上を図りながら、「遅くとも2030年代前半できる限り早期に全国平均1,500円を達成する」との表現に改められています。厚生労働省労働基準局が労働政策審議会労働条件分科会に提出した資料でもこの方針が確認できます。目標達成の時期については、今後の経済情勢や中小企業の賃上げ環境整備の状況によって、引き続き議論・調整が行われていくものと考えられます。
いずれにしても、当面は最低賃金の引き上げ基調が続くことが見込まれるため、企業においては単年度の対応にとどまらず、複数年を見据えた賃金制度・人件費計画の検討が重要になってきます。
10. 企業が今すぐ確認すべき実務ポイント
最低賃金の改定に対応するにあたり、企業の人事労務担当者が確認すべき主なポイントを整理します。
- 自社の各事業場が所在する都道府県の最低賃金額と発効日を、厚生労働省の公表資料で確認する
- 月給制・日給制の従業員についても時間換算を行い、最低賃金額を下回っていないかを確認する
- 家族手当・通勤手当・賞与などを除いた所定内賃金で比較しているかを確認する(比較方法を誤ると、額面上は最低賃金を上回っていても実際には下回っている場合があります)
- 最低賃金の引き上げに伴い、既存の給与テーブル全体で**賃金の逆転現象(新人と先輩社員の時給差の圧縮)**が生じていないかを確認する
- 割増賃金や社会保険料の算定基礎にも影響するため、人件費全体への影響を試算する
- 職場内で最低賃金の概要を周知しているか(掲示等)を確認する
これらは形式的な対応にとどまらず、労働者にとっても使用者にとっても納得感のある賃金制度を維持するための重要な実務です。判断に迷う場合は、社会保険労務士など専門家への相談も検討してください。
まとめ
- 令和7年度(2025年度)の地域別最低賃金は、全国加重平均で時給1,121円(前年度比66円・約6.3%の引き上げ)となり、全都道府県で時給1,000円を超えました。
- 最低賃金は、最低賃金法にもとづき、労働者の生計費・賃金・事業の賃金支払能力の3要素を総合的に考慮し、公労使三者による審議会での審議を経て都道府県ごとに決定されます。
- 最低賃金額を下回る賃金の定めは法律上無効となり、無効部分は最低賃金額の定めをしたものとみなされます(最低賃金法第4条)。違反には罰則も定められています(同法第40条ほか)。
- 政府は全国加重平均1,500円を政策目標として掲げており、達成時期をめぐる議論は今後も継続する見込みです。企業には中長期的な視点での賃金制度の見直しが求められます。
最低賃金の正確な金額・発効日は年度や都道府県によって異なり、また今後も改定が続くことが見込まれます。実際の適用にあたっては、必ず厚生労働省や所轄の都道府県労働局が公表する最新の一次情報をご確認いただくとともに、個別の労務管理でお困りの際は、顧問社会保険労務士など専門家にご相談されることをおすすめします。
参考・出典(一次情報)
- 厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/index.html - 最低賃金法(昭和三十四年法律第百三十七号)|e-Gov法令検索
https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=334AC0000000137 - 厚生労働省・中央最低賃金審議会「最低賃金の決定基準」
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/03/s0303-9c.html - 厚生労働省労働基準局「経済財政運営と改革の基本方針2026(案)等について」(労働条件分科会 第210回資料)
https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/001722515.pdf - 内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2025」(いわゆる骨太の方針2025)
- 厚生労働省 岩手労働局「最低賃金について」
https://jsite.mhlw.go.jp/iwate-roudoukyoku/roudoukyoku/gyoumu_naiyou/kijunbu/chingin.html - 厚生労働省 愛知労働局公表資料(令和7年度地域別最低賃金一覧)
https://jsite.mhlw.go.jp/aichi-roudoukyoku/content/contents/002551404.pdf
※本記事は執筆時点で公表されている一次情報にもとづき作成しています。最低賃金額・発効日・政策目標の時期等は今後変更される可能性があるため、最新情報は必ず厚生労働省等の公式発表をご確認ください。本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言を行うものではありません。また、本記事では税務に関する内容は取り扱っておりません。
