「上司のあの発言はマタハラにあたるのだろうか」「自社の対応は法律違反になっていないか」――妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント(いわゆる「マタハラ」)は、多くの職場で判断に迷う場面が生じやすいテーマです。
本記事では、社会保険労務士の立場から、男女雇用機会均等法・育児介護休業法の条文、厚生労働省告示(指針)、最高裁判例、厚生労働省の統計調査など、公的な一次情報のみを根拠として、マタハラに該当する言動・該当しない言動の判断基準と、労働者・企業双方が使える「マタハラチェックリスト」を整理しました。
なお、本記事は税務に関する内容は取り扱っておりません。個別の事案については、最終的に都道府県労働局や顧問弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
1. マタハラとは何か──法律上の定義
1-1 根拠となる条文
マタハラ(マタニティハラスメント)は、法律上は「職場における妊娠、出産等に関するハラスメント」と呼ばれ、男女雇用機会均等法第11条の2に、事業主に対する防止措置義務として明文化されています。
事業主は、職場において行われるその雇用する女性労働者に対する当該女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法第65条第1項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第2項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものに関する言動により当該女性労働者の就業環境が害されることのないよう、当該女性労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
──男女雇用機会均等法第11条の2第1項
また、育児休業・介護休業等の利用に関するハラスメントについては、育児介護休業法第25条に同様の規定があります。男性労働者が育児休業等を申し出たことに対する嫌がらせも、この条文に基づく防止措置の対象です。
これらの規定を受けて、厚生労働大臣が定めた指針が、事業主が講ずべき具体的な措置内容を示しています。
- 事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針(平成28年厚生労働省告示第312号)
- 子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置に関する指針(平成21年厚生労働省告示第509号)
これら改正均等法・改正育児介護休業法は平成29年(2017年)1月1日から施行されており、それ以降、上司・同僚による就業環境を害する言動についても、事業主に防止措置を講じる義務が課されています。
1-2 「職場」「労働者」の範囲
指針では、「職場」とは事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指し、通常の勤務地以外であっても業務を遂行する場所であれば「職場」に含まれるとされています。出張先や取引先との打合せ場所なども対象です。
また「労働者」は、正規雇用労働者に限らず、パートタイム労働者・契約社員等の非正規雇用労働者を含む、事業主が雇用するすべての労働者を指します。派遣労働者については、派遣元事業主だけでなく、労働者派遣の役務の提供を受ける派遣先事業主も、自ら雇用する労働者と同様に防止措置を講じる必要があるとされています。
2. マタハラの2つの類型と具体例
指針では、職場における妊娠・出産等に関するハラスメントを大きく2つの類型に分類しています。
2-1 制度等の利用への嫌がらせ型
産前休業、母性健康管理措置、軽易な業務への転換、時間外労働の制限、育児時間、育児休業、介護休業、子の看護休暇、所定外労働の制限など、法律で定められた制度・措置の利用に関する言動により、就業環境が害されるものです。
指針は、この類型をさらに3つのパターンに整理しています。
(1) 解雇その他不利益な取扱いを示唆するもの 労働者が制度等の利用を相談・請求・利用したことに対し、上司が解雇その他不利益な取扱いを示唆することです。1回の言動でも該当するとされています。
- 例:産前休業の取得を上司に相談したところ、「休みをとるなら辞めてもらう」と言われた。
(2) 制度等の利用の請求等又は利用を阻害するもの 上司がこの言動を行った場合は1回でも該当しますが、同僚が行った場合は、繰り返し又は継続的なもの(労働者が意に反することを伝えているにもかかわらず、さらに行われる言動を含む)が該当するとされています。
- 例:育児休業の取得について上司に相談したところ、「男のくせに育児休業をとるなんてあり得ない」と言われ、取得をあきらめざるを得ない状況になっている。
(3) 制度等を利用したことにより嫌がらせ等をするもの 繰り返し又は継続的な嫌がらせ的言動、業務に従事させないこと、専ら雑務に従事させることなどが該当します。言葉によるものだけでなく、必要な情報を与えない、会議に参加させないといった行為も含まれます。
- 例:上司・同僚が「所定外労働の制限をしている人はたいした仕事はさせられない」と繰り返し言い、専ら雑務のみをさせている。
2-2 状態への嫌がらせ型
妊娠したこと、出産したこと、妊娠・出産に起因する症状(つわり、妊娠悪阻、切迫流産等)により労務の提供ができないこと等、女性労働者の「状態」に関する言動により、就業環境が害されるものです。
- 例:上司に妊娠を報告したところ「他の人を雇うので早めに辞めてもらうしかない」と言われた。
- 例:上司・同僚が「妊婦はいつ休むかわからないから仕事は任せられない」と繰り返し言い、仕事をさせない状況になっている。
3. 「業務上の必要性に基づく言動」との違い
指針が繰り返し強調しているのが、業務分担や安全配慮等の観点から、客観的にみて業務上の必要性に基づく言動によるものは、マタハラには該当しないという点です。この線引きは実務上もっとも判断に迷う部分であり、社労士として相談を受ける機会が多いポイントでもあります。
指針が示す「ハラスメントに該当しない業務上の必要性に基づく言動」の具体例は次のとおりです。
- 業務体制を見直すため、上司が育児休業をいつからいつまで取得するのか確認すること。
- 業務状況を考えて、上司が「次の妊婦健診はこの日は避けてほしいが調整できるか」と確認すること。
- 同僚が自分の休暇との調整をする目的で休業の期間を尋ね、変更を相談すること。
- 上司が、長時間労働をしている妊婦に対して、「業務分担の見直しを行い、残業量を減らそうと思うがどうか」と配慮すること。
ただし、これらはいずれも労働者に対して変更を強要しない場合に限られる点に注意が必要です。上司が一方的に通告するような形になれば、ハラスメントに該当する可能性が生じます。
4. 不利益取扱いとマタハラの違い
マタハラ(ハラスメント)と混同されやすい概念に「不利益取扱い」があります。均等法第9条第3項は、女性労働者が妊娠・出産したこと等を理由とする解雇その他の不利益取扱いを禁止しています。これは事業主自身が行う行為に対する禁止規定であり、上司・同僚による就業環境を害する言動(ハラスメント)を防止する第11条の2とは、法的な位置づけが異なります。
不利益取扱いに該当するかどうかの判断で重要なのが、「契機として」いるかどうかという考え方です。厚生労働省の資料では、妊娠・出産・育児休業等の事由を「契機として」不利益取扱いを行った場合は、原則として法違反になるとされています。
この判断枠組みの根拠となっているのが、次の最高裁判例です。
医療機関に勤めていた理学療法士の女性が、妊娠した際に軽易業務への転換を請求したことを理由に副主任を免じられたことについて、妊娠等を理由とする不利益取扱いに当たるとして提訴した事案。最高裁は、軽易業務転換を契機として降格させる措置は、特段の事情等がない限り、原則として均等法が禁止する不利益取扱いに当たると判示した。
──最高裁第一小法廷 平成26年10月23日判決(事件番号:平成24年(受)第2231号)
例外として法違反にならないのは、(1)業務上の必要性が不利益取扱いによる影響を上回る特段の事情がある場合、(2)労働者本人が同意しており、一般的な労働者であれば同意するような合理的理由が客観的に存在する場合、の2つに限られるとされています。
5. マタハラに該当するかどうかのセルフチェックリスト
厚生労働省の指針・パンフレットの内容を踏まえ、労働者ご自身が「これはマタハラではないか」と感じたときに確認できるチェック項目を整理しました。
- □ 妊娠・出産・産前産後休業・育児休業・時短勤務等の制度利用について、相談・請求・利用したことをきっかけに、解雇や降格、不利益な取扱いをほのめかされていないか
- □ 制度の利用を申し出た際に、上司や同僚から取り下げるよう繰り返し言われていないか
- □ 制度を利用した後、業務から外される、雑務ばかり任される、必要な情報を共有してもらえないといった状況が続いていないか
- □ 妊娠・出産したこと自体について、繰り返し否定的な発言をされ、就業を続ける上で看過できない支障が生じていないか
- □ こうした言動が、業務上の必要性に基づく合理的な確認・相談の範囲を超え、強要的なものになっていないか
これらに複数該当する場合は、一人で抱え込まず、社内の相談窓口や、後述する都道府県労働局への相談を検討することをおすすめします。
6. 事業主が講じなければならない10の措置チェックリスト
指針は、事業主がマタハラ防止のために講じなければならない措置を、大きく5つの柱・具体的には11項目に整理しています。人事労務担当者・経営者の方は、自社の体制を以下のチェックリストで確認してください。
① 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
- □ ハラスメントの内容、発生の背景(否定的な言動が原因や背景になり得ること)、事業主の方針、制度等が利用できる旨を明確化し、管理職を含む労働者に周知・啓発しているか
- □ ハラスメントを行った者への厳正な対処方針・内容を就業規則等に規定し、周知しているか
② 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- □ 相談窓口をあらかじめ定めているか
- □ 相談窓口の担当者が、内容や状況に応じて適切に対応できる体制になっているか(発生のおそれがある場合や、該当するか微妙な場合も含めて広く相談に対応する)
③ 事後の迅速かつ適切な対応
- □ 事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認する体制があるか
- □ 事実確認ができた場合、速やかに被害者への配慮の措置を行っているか
- □ 事実確認ができた場合、行為者への適正な措置を行っているか
- □ 再発防止に向けた措置を講じているか(事実が確認できなかった場合も同様)
④ ハラスメントの原因や背景となる要因を解消するための措置
- □ 妊娠等をした労働者の周囲への業務の偏りを軽減するよう、業務分担の見直しを行っているか
- □ 業務の点検・効率化を行っているか
⑤ 併せて講ずべき措置
- □ 相談者・行為者等のプライバシーを保護するための措置を講じ、周知しているか
- □ 相談したこと、事実確認に協力したことを理由とする不利益取扱いを行ってはならない旨を定め、周知しているか
なお、これらの措置と併せて、セクシュアルハラスメントや育児休業等ハラスメントの相談窓口と一体的に、あらゆるハラスメント相談を一元的に受け付ける体制を整備することが「望ましい取組」として指針に示されています。パワーハラスメント等他のハラスメントと複合的に発生することも多いためです。
7. マタハラの実態──厚生労働省調査データから見る現状
厚生労働省が委託実施した「令和5年度職場のハラスメントに関する実態調査」(令和6年3月公表)では、過去5年間に就業中に妊娠・出産した女性労働者を対象とした調査で、妊娠・出産・育児休業等ハラスメントを受けた経験があると回答した割合は26.1%でした。令和2年度調査(26.3%)とほぼ横ばいの水準です。また、育児に関わる制度を利用しようとした男性労働者では24.0%が育児休業等ハラスメントを経験したと回答しています。
企業調査では、過去3年間に妊娠・出産・育児休業等ハラスメントに関する相談があったと回答した企業は10.2%で、令和2年度調査(5.2%)から5.0ポイント増加しました。相談のあった事例のうち、企業がハラスメントに該当すると判断した事例があった割合は50.1%です。
ハラスメントを受けた後の労働者の行動については、パワハラ・セクハラ・マタハラいずれについても「何もしなかった」と回答した割合が高い傾向が指摘されており、被害が潜在化しやすい実態がうかがえます。この点は、相談窓口の実効性確保や周知徹底が重要な理由の一つといえます。
8. 相談窓口と解決までの流れ
マタハラに関する相談は、まず社内の相談窓口の利用が基本ですが、社内での解決が難しい場合や、社内に相談しにくい事情がある場合は、公的な窓口も用意されています。
- 都道府県労働局雇用環境・均等部(室):均等法・育児介護休業法に基づく相談、助言・指導・勧告、調停(均等法第18条、育児介護休業法第52条の5)の対象となります。
- 総合労働相談コーナー:ハラスメント全般を含む労働問題全般について、全国の労働局・労働基準監督署内等に設置されています。
事業主が講ずべき措置を怠り、都道府県労働局長からの勧告に従わない場合、厚生労働大臣はその旨を公表できるとされています(均等法第30条)。また、事業主が労働局に対して虚偽の報告を行った場合等には過料の対象となります(均等法第33条)。
9. まとめ
マタハラは、「言った側に悪意があったかどうか」ではなく、客観的に見て就業環境を害しているかどうか、そして業務上の必要性に基づく合理的な言動といえるかどうかによって判断されます。制度の利用について確認や相談をすること自体がただちにハラスメントになるわけではありませんが、労働者の意向を確認せず一方的に不利益を示唆したり、繰り返し否定的な言動を行ったりすれば、法違反となるリスクがあります。
企業としては、就業規則等への規定、相談窓口の整備、研修による周知・啓発、そして実際に相談があった際の迅速な事実確認と対応という一連の体制を、指針の求める水準で整えておくことが重要です。特に医療・福祉分野をはじめとする人手不足が生じやすい業種では、妊娠等をした労働者の周囲の業務負担にも配慮しながら、双方が納得できる業務分担の見直しを行うことが、ハラスメントの背景要因を解消する上で欠かせません。
自社の体制に不安がある場合や、具体的な事案への対応に迷う場合は、顧問社会保険労務士など専門家への相談もご検討ください。
参考文献・一次情報出典
- 厚生労働省「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(男女雇用機会均等法)」条文 https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/68-101.pdf
- 厚生労働省告示第312号「事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」(平成28年8月2日、令和2年1月15日改正) https://www.mhlw.go.jp/content/000643875.pdf
- 厚生労働省・都道府県労働局雇用環境・均等部(室)「職場における妊娠・出産・育児休業・介護休業等に関するハラスメント対策やセクシュアルハラスメント対策は事業主の義務です!!」(パンフレットNo.10) https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000137179.pdf
- 厚生労働省「男女雇用機会均等法のあらまし」 https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000212706.pdf
- 厚生労働省 愛知労働局「男女雇用機会均等法」ページ https://aichi-elcc.mhlw.go.jp/roudou_hourei/4489/
- 厚生労働省 雇用環境・均等局雇用機会均等課「職場のハラスメントに関する実態調査 結果概要(令和5年度厚生労働省委託事業)」(令和6年5月17日) https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/001259093.pdf
- 最高裁判所第一小法廷判決 平成26年10月23日(事件番号:平成24年(受)第2231号)※厚生労働省資料内で引用 https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000137179.pdf
本記事は上記の法令・告示・行政資料等の一次情報に基づき作成しています。個別の事案の法的判断については、都道府県労働局または顧問弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
