【社会保険労務士が解説】最低賃金引き上げの最新動向と企業がとるべき対応

目次

はじめに

「最低賃金 引き上げ」というキーワードで検索される方の多くは、自社の賃金設計や採用計画への影響、あるいは自分自身の時給が今後どうなるのかを知りたいのではないでしょうか。最低賃金は毎年見直される制度であり、金額そのものだけでなく、対象となる賃金の範囲や違反時の罰則、企業側の実務対応まで正しく理解しておく必要があります。

本記事では、社会保険労務士の立場から、厚生労働省が公表している一次情報(報道発表資料、中央最低賃金審議会の答申、法令条文など)にもとづき、令和7年度(2025年度)の実績と、令和8年度(2026年度)に向けた最新の審議状況を整理したうえで、制度の仕組みと企業実務への影響を解説します。なお、本記事は税務に関する内容は取り扱いません。税務上の取り扱いについては、税理士等の専門家にご確認ください。

最低賃金制度とは

最低賃金制度は、最低賃金法にもとづき国が賃金の最低限度額を定め、使用者はその金額以上の賃金を労働者に支払わなければならないとする制度です。最低賃金には、都道府県ごとに全産業の労働者に適用される「地域別最低賃金」と、特定の産業の基幹的労働者に適用される「特定(産業別)最低賃金」の2種類があります。

最低賃金法第4条第1項は、使用者は最低賃金の適用を受ける労働者に対し、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならないと定めています。また、同法第4条第2項では、最低賃金額に達しない賃金を定める労働契約は、その部分について無効となり、無効となった部分は最低賃金額と同様の定めをしたものとみなすとされています。つまり、たとえ労使が合意していても、最低賃金を下回る時給での契約は法的に成立しません。

さらに、最低賃金法第8条では、最低賃金の適用を受ける労働者がいる場合、使用者は最低賃金の概要を常時作業場の見やすい場所に掲示するなどの方法で労働者に周知させる措置を講じなければならないと定められています。周知義務を怠った場合には罰則の対象にもなり得るため、単に金額を守るだけでなく、掲示・周知まで含めた対応が求められます。

令和7年度(2025年度)の最低賃金引き上げの実績

まず、直近で確定した令和7年度の実績を確認しておきます。厚生労働省の発表によれば、令和7年度の地域別最低賃金は9月5日に取りまとめられ、全国加重平均額は前年度から66円引き上げられて1,121円となりました。これは、当時過去最高であった前年度の引き上げ額51円をさらに15円上回る規模であり、全都道府県ではじめて時給1,000円を超えたことも大きな特徴です。

都道府県別に見ると、最も高い引き上げ額は熊本県の82円で、大分県81円、秋田県80円と続き、47都道府県中39道府県で中央最低賃金審議会が示した目安額を上回る改定となりました。最高額の東京都(1,226円)と最低額の県との比率も83.4%となり、11年連続で地域間格差の縮小が続いています。この令和7年度の最低賃金は、同年10月1日から都道府県ごとの発効日に順次施行されました。

令和8年度(2026年度)最低賃金引き上げの最新動向

続いて、本記事執筆時点(2026年8月)で公表されている令和8年度の最新状況を整理します。厚生労働省は令和8年7月28日、第75回中央最低賃金審議会において取りまとめられた「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安」を公表しました。

この答申では、都道府県の経済実態に応じて全都道府県をA・B・Cの3ランクに区分し、引き上げ額の目安をAランク54円、Bランク56円、Cランク56円としています。ランク区分は、Aランクが埼玉・千葉・東京・神奈川・愛知・大阪の6都府県、Bランクが北海道や東北・関東・中部・近畿・中国・四国地方の一部を含む28道府県、Cランクが青森・岩手・秋田をはじめとする13県となっています。

厚生労働省の発表によれば、仮にこの目安どおりに各都道府県で改定が行われた場合、全国加重平均は1,176円となり、前年度からの上昇額は55円、引き上げ率は4.9%になると試算されています。前年度の上昇額66円・引き上げ率6.3%と比較すると、引き上げの勢いはやや落ち着いた形ですが、それでも高水準の引き上げが続いていることに変わりはありません。

ここで重要なのは、この目安はあくまで中央最低賃金審議会が地方最低賃金審議会に示す「参考値」であるという点です。実際の最低賃金額は、この目安をもとに各都道府県の地方最低賃金審議会が地域の賃金実態調査や公益委員・労使代表の意見を踏まえて審議・答申し、最終的に都道府県労働局長が決定します。令和7年度のように、地方審議会の判断で目安額を上回る改定が行われるケースも多いため、確定額は9月頃に都道府県ごとに公表される見込みです。

なお、政府が掲げてきた「最低賃金1,500円」という目標については、2026年6月30日に達成時期が「遅くとも2030年代前半、できる限り早期に」という形に見直されたことが報じられています。この点は今後の経済財政運営の基本方針にも関わる政策論点であり、審議会の議論の背景として押さえておく価値があります。

最低賃金の決定プロセス(目安制度の仕組み)

最低賃金がどのように決まるのか、制度の流れを整理します。

  1. 厚生労働大臣からの諮問:毎年6月頃、厚生労働大臣が中央最低賃金審議会に対し、その年度の地域別最低賃金改定の目安について諮問します。
  2. 目安に関する小委員会での審議:中央最低賃金審議会内に設置された「目安に関する小委員会」で、公益委員・労働者代表委員・使用者代表委員の三者構成により、賃金や物価の動向、企業の支払能力などを踏まえた審議が複数回にわたって行われます。
  3. 中央最低賃金審議会からの答申:小委員会の審議結果を踏まえ、中央最低賃金審議会がランク別の引き上げ額の目安を答申します。
  4. 地方最低賃金審議会での審議:各都道府県の地方最低賃金審議会が、中央の目安を参考にしつつ、地域の賃金実態調査や公聴会での意見等を踏まえて独自に審議し、答申を行います。
  5. 都道府県労働局長による決定:地方審議会の答申を受け、都道府県労働局長が地域別最低賃金額を最終決定し、官報等で公示、10月を中心とした発効日から適用されます。

このように、最低賃金は中央が一律に押し付ける制度ではなく、各地域の実情を踏まえた地方審議会の裁量が働く仕組みになっている点が特徴です。

最低賃金額の確認方法

自社が所在する都道府県の最低賃金額は、厚生労働省の特設サイト「地域別最低賃金の全国一覧」で確認できます。令和8年度の確定額は、例年どおり9月上旬から中旬にかけて順次公表される見込みですので、経営者・人事担当者は発表時期に合わせて必ず最新情報を確認することをおすすめします。

なお、最低賃金には「特定最低賃金」も存在します。特定最低賃金は、特定の産業について、その産業の基幹的労働者とその使用者に適用されるもので、地域別最低賃金よりも金額が高く設定されている産業も少なくありません。2つの最低賃金が競合する場合には、金額の高い方が優先的に適用される取り扱いとなっています(昭和63年ないし平成20年の関連通達等で示された解釈)。自社の業種に特定最低賃金が設定されているかどうかも、あわせて確認しておく必要があります。

最低賃金の対象となる賃金・ならない賃金

最低賃金額と比較する際の賃金には、除外すべき項目がある点に注意が必要です。最低賃金法及び関連する厚生労働省令により、以下のような賃金は最低賃金の比較対象から除外されます。

  • 臨時に支払われる賃金(結婚手当など)
  • 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)
  • 所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金(時間外手当)
  • 所定労働日以外の労働に対して支払われる賃金(休日手当)
  • 深夜労働に対して支払われる割増賃金部分
  • 精皆勤手当、通勤手当、家族手当

これらを除いた「所定内賃金」を時間額に換算したものが、最低賃金と比較すべき金額となります。基本給に各種手当を含めて「最低賃金を上回っている」と誤認しているケースは実務上よく見られるため、給与体系の点検時には注意が必要です。

最低賃金に違反した場合の法的リスク

最低賃金を下回る賃金しか支払わなかった場合、どのような法的リスクがあるのかも確認しておきましょう。

地域別最低賃金額以上の賃金を支払わなかった場合は、最低賃金法第4条第1項違反として、同法第40条により50万円以下の罰金が科される可能性があります。一方、特定最低賃金額以上の賃金を支払わなかった場合は、最低賃金法自体には罰則規定がなく、労働基準法第24条の賃金全額払いの原則違反として、労働基準法第120条により30万円以下の罰金が科される取り扱いとなります。

また、最低賃金法第39条では、労働者が最低賃金法違反の事実を都道府県労働局や労働基準監督署に申告したことを理由に、当該労働者を解雇するなど不利益な取り扱いをした使用者に対し、6か月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金という、より重い罰則が定められています。労働者からの申告を理由とする報復的な取り扱いは、最低賃金額を下回る支払いそのものよりも重く処罰される制度設計になっている点は、企業として特に留意すべきポイントです。

さらに、最低賃金額を下回る賃金を支払っていた場合、行政指導により差額の遡及払いを求められることも一般的です。単発の罰金にとどまらず、対象労働者が多い場合には遡及払いの総額が大きくなるリスクがある点も踏まえ、日頃からのチェックが重要になります。

企業が取るべき実務対応

最低賃金の引き上げに対応するため、企業として以下のような対応を計画的に進めることが望まれます。

1. 現行の賃金水準の点検

まずは、パート・アルバイトを含む全従業員の時間換算賃金が、改定後の最低賃金額を下回らないかを確認します。前述のとおり、比較対象から除外すべき手当がある点に注意しながら、正確に所定内賃金を算出することが重要です。

2. 賃金規程・就業規則の見直し

最低賃金の改定に合わせて基本給や諸手当を見直す場合は、就業規則・賃金規程の変更が必要になることがあります。労働条件の不利益変更に該当しないよう、変更手続きについても慎重な対応が求められます。

3. 社内周知の徹底

最低賃金法第8条にもとづき、最低賃金額の概要を作業場の見やすい場所に掲示する、あるいは書面の交付やイントラネットへの掲載など、労働者に周知するための措置を講じる必要があります。

4. 人件費増加への備え

最低賃金の引き上げは、直接の対象者だけでなく、それより上位の等級の賃金にも波及する「賃金の底上げ・玉突き」的な影響を及ぼすことがあります。人件費全体への影響を早めに試算し、必要に応じて価格転嫁や生産性向上策とあわせて検討することが望まれます。

助成金等の活用について

最低賃金引き上げに取り組む中小企業・小規模事業者向けには、厚生労働省が「業務改善助成金」を実施しています。これは、事業場内の最低賃金を一定額以上引き上げ、あわせて生産性向上に資する設備投資等を行った事業者に対し、その経費の一部を助成する制度です。令和7年9月には、最低賃金引き上げに取り組む事業者への支援策として、本助成金の要件緩和・拡充が発表されています。このほか、非正規雇用労働者の処遇改善に取り組む事業者向けの「キャリアアップ助成金」や、労働時間短縮等に取り組む事業者向けの「働き方改革推進支援助成金」なども、令和8年度に継続・拡充される見込みです。制度の詳細な要件や支給額は年度によって変更されるため、活用を検討する際は、必ず厚生労働省の最新の公式案内で確認してください。

まとめ

最低賃金制度は、労働者の生活を支える最低限のセーフティネットであると同時に、企業経営に直接影響を与える重要な制度です。令和7年度は全国加重平均で66円という過去最大の引き上げが行われ、全都道府県で時給1,000円を突破しました。そして令和8年度についても、令和8年7月28日に中央最低賃金審議会からAランク54円・Bランク56円・Cランク56円という目安が答申され、目安どおりに改定が行われた場合の全国加重平均は1,176円になると試算されています。ただし、最終的な金額は今後の地方最低賃金審議会での審議を経て、9月頃に都道府県ごとに確定する点に留意が必要です。

企業としては、最新の一次情報を継続的に確認しながら、賃金体系の点検、就業規則の見直し、社内周知、助成金の活用検討といった実務対応を計画的に進めることが求められます。最低賃金への対応は単なるコスト増への対処にとどまらず、人材確保や従業員のエンゲージメント向上にもつながる経営課題として捉えることが重要です。個別の賃金制度設計や就業規則の見直しについては、顧問社会保険労務士など専門家への相談も検討されることをおすすめします。


参考文献・出典一覧

※本記事は執筆時点(2026年8月)で公表されている一次情報にもとづいて作成しています。令和8年度の地域別最低賃金額は、各都道府県の地方最低賃金審議会での審議を経て確定するため、最終的な金額・発効日は必ず厚生労働省の公式発表でご確認ください。本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の労務問題については顧問社会保険労務士等の専門家にご相談ください。また、本記事は税務に関する助言を目的としたものではありません。

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