毎年10月前後になると話題になる「最低賃金」の改定。ニュースなどで金額だけを目にして、「結局、自社は何をすればよいのか」「どの賃金が対象になるのか」がよく分からないという事業主・人事労務担当者の方も多いのではないでしょうか。
本記事では、社会保険労務士の立場から、最低賃金法をはじめとする法令・厚生労働省の公表資料といった一次情報に基づき、最低賃金制度の基本的な仕組みから、令和7年度の改定結果、そして令和8年度に向けた最新の動き、企業実務での注意点までを体系的に解説します。なお、税務に関する内容は本記事の対象外としております。
最低賃金制度とは何か
最低賃金制度は、国が賃金の最低限度を法律で定め、使用者はその最低額以上の賃金を労働者に支払わなければならないとする制度です。この制度の根拠となるのが「最低賃金法」(昭和34年法律第137号)です。
最低賃金法第1条では、次のように制度の目的が定められています。
「この法律は、賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。」
つまり最低賃金制度は、単に「労働者の生活を守る」だけでなく、「事業者間の公正な競争を確保する」という目的も併せ持っている点が特徴です(最低賃金法第1条)。
最低賃金には2種類ある
最低賃金には、大きく分けて以下の2種類があります。
- 地域別最低賃金:都道府県ごとに、産業や職種を問わず全ての労働者とその使用者に適用される最低賃金(最低賃金法第9条)
- 特定最低賃金:特定の産業について、関係労使の申出に基づき設定される最低賃金(最低賃金法第15条・第16条)
2つの最低賃金がともに適用される場合には、使用者はそのうち高い方の金額以上の賃金を支払う義務があります。地域別最低賃金の全国一覧や、都道府県ごとの特定最低賃金の詳細は、厚生労働省の公式ページで確認できます(厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」)。
最低賃金の効力(最低賃金法第4条)
最低賃金制度の実務上、最も重要な条文が最低賃金法第4条です。同条第1項では、使用者は最低賃金の適用を受ける労働者に対し、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならないと定められています。
さらに同条第2項では、最低賃金額に達しない賃金を定める労働契約について、次のような効力が定められています。
- 最低賃金額に達しない賃金を定める労働契約は、その部分について無効となる
- 無効となった部分は、最低賃金額と同様の定めをしたものとみなす
つまり、仮に労使双方が合意のうえで最低賃金額を下回る時給を契約書に定めていたとしても、その合意は法律上無効であり、自動的に最低賃金額で契約したものとみなされるということです。これは労働基準法第13条が定める「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする」という考え方と同様の構造になっています。
令和7年度の地域別最低賃金――全国加重平均は1,121円
厚生労働省の発表によれば、令和7年度の地域別最低賃金は、都道府県労働局に設置された地方最低賃金審議会の答申を経て、全都道府県で改定額が取りまとめられました。
厚生労働省の公表資料によると、令和7年度の改定額の全国加重平均額は1,121円(前年度の1,055円から66円の引き上げ)となり、昭和53年度に目安制度が始まって以降で最大の引き上げ額を記録しました。この改定により、全ての都道府県で最低賃金額が時給1,000円を超える結果となっています(厚生労働省「令和7年度地域別最低賃金の全国一覧」)。
都道府県ごとの引き上げ額は63円から82円の範囲で、39の道府県において中央最低賃金審議会が示した引き上げ額の目安(Aランク63円・Bランク64円・Cランク64円)を上回る答申となりました。答申された改定額は、都道府県労働局における関係労使からの異議申出手続を経たうえで、都道府県労働局長の決定により、令和7年10月1日から令和8年3月31日までの間に順次発効しています。
自社の事業場が所在する都道府県の最低賃金額と発効日については、必ず厚生労働省の公式一覧で最新情報を確認することをおすすめします。
令和8年度の地域別最低賃金額改定の目安――全国加重平均1,176円へ
最低賃金は原則として毎年度改定が行われます。令和8年7月28日、第75回中央最低賃金審議会において、令和8年度の地域別最低賃金額改定の目安に関する答申が取りまとめられ、厚生労働省より公表されました。
この答申のポイントは以下のとおりです(厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について」)。
ランクごとの引き上げ額の目安
都道府県は経済実態に応じてA・B・Cの3ランクに区分され、それぞれ次の引き上げ額の目安が示されました。
- Aランク(埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、大阪の6都府県):54円
- Bランク(北海道、宮城、福島など28道府県):56円
- Cランク(青森、岩手、秋田など13県):56円
全国加重平均は1,176円の見通し
仮に目安どおりに各都道府県で引き上げが行われた場合、全国加重平均は1,176円となり、上昇額は55円(引上げ率4.9%)となる見通しです。これは絶対額としては過去2番目の引き上げ幅にあたる一方、引き上げ率としては令和7年度の6.3%を下回る水準です。
なお、この目安はあくまで中央最低賃金審議会が地方最低賃金審議会に示す参考値であり、実際の最低賃金額は各都道府県の地方最低賃金審議会における地域の賃金実態調査等を踏まえた審議を経て、都道府県労働局長が最終的に決定します(最低賃金法第10条・第11条)。したがって、目安どおりの金額に確定するとは限らない点に留意が必要です。今後の地方審議会の動向についても、厚生労働省や各都道府県労働局の公表情報を継続的に確認することが重要です。
最低賃金の対象となる賃金・除外される賃金
企業実務でしばしば誤解が生じやすいのが、「どの賃金項目が最低賃金の比較対象になるのか」という点です。最低賃金法第4条第3項では、比較にあたって次に掲げる賃金は算入しないと定められています。
- 精皆勤手当、通勤手当及び家族手当
- 臨時に支払われる賃金(結婚手当等)
- 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等)
- 時間外・休日労働に対する割増賃金、深夜労働に対する割増賃金
つまり、基本給や役職手当、職務手当など毎月決まって支払われる賃金(上記の除外項目を除く)を、実際に働いた時間で割った金額が、最低賃金額以上になっているかどうかを確認する必要があります。月給制の労働者について「額面の月給が高いから大丈夫」と安易に判断せず、除外項目を差し引いたうえで時間額に換算して確認することが実務上のポイントです。
減額の特例制度
最低賃金法第7条では、一定の労働者について、都道府県労働局長の許可を受けることを条件に、最低賃金額を減額して適用できる特例が定められています。対象となり得るのは、次のような労働者です。
- 精神または身体の障害により著しく労働能力の低い方
- 試用期間中の方
- 厚生労働省令で定める職業訓練を受けている方 など
ただし、これらはあくまで都道府県労働局長の許可を受けた場合に限られる特例であり、使用者が独自の判断で減額してよいものではありません。適用を検討する場合は、事前に管轄の労働局へ相談することが不可欠です。
最低賃金の周知義務
最低賃金法第8条では、最低賃金の適用を受ける使用者に対し、最低賃金の概要を「常時各作業場の見やすい場所に掲示する」等の方法により、労働者に周知させる措置を講じなければならないと定められています。改定後は、社内掲示物やイントラネット等の内容を速やかに最新の金額へ更新することが求められます。
違反した場合の罰則
地域別最低賃金額を下回る賃金しか支払わなかった場合、最低賃金法第4条第1項違反として、同法第40条により50万円以下の罰金に処せられる可能性があります。
なお、特定最低賃金額を下回る賃金しか支払わなかった場合には、最低賃金法自体には罰則はなく、労働基準法第24条(賃金の全額払いの原則)違反として、労働基準法第120条に基づき30万円以下の罰金が科される構成になっている点は、実務上区別して理解しておく必要があります。
いずれにしても、最低賃金違反は労働基準監督署による是正勧告・指導の対象となるほか、企業の社会的信用にも関わる問題です。単なる罰則の有無にとどまらず、コンプライアンス経営の観点からも遵守が求められます。
企業が実務で確認すべきポイント
最低賃金の改定に際して、企業の人事労務担当者としては、少なくとも次の点を確認することをおすすめします。
- 自社の主たる事業場が所在する都道府県の地域別最低賃金額と発効日
- 自社が該当する業種に特定最低賃金が設定されているか、設定されている場合はその金額
- パートタイマー・アルバイト等、時給制労働者の時給が新しい最低賃金額以上になっているか
- 月給制労働者について、最低賃金の比較対象となる賃金項目を時間額換算した際に最低賃金額を下回っていないか
- 最低賃金の周知(掲示等)が最新の内容に更新されているか
厚生労働省は、事業者が自ら確認できる「最低賃金に関するセルフチェックシート」を公表しています。改定のたびにこうしたツールを活用し、自社の賃金水準を点検することが望ましいでしょう(厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」掲載資料)。
まとめ
最低賃金制度は、最低賃金法という法律に基づき、労働者の生活の安定と事業の公正な競争の確保を目的として運用されている制度です。令和7年度は全国加重平均1,121円、全都道府県で時給1,000円を超える結果となり、令和8年度についても中央最低賃金審議会において全国加重平均1,176円(引き上げ額55円)という目安が答申されています。
最低賃金額は都道府県ごとに異なり、また毎年10月前後に改定されるため、企業としては継続的な情報収集と賃金水準の点検が不可欠です。特に月給制の労働者については、除外賃金を考慮した時間額換算による確認を怠ると、意図せず最低賃金法違反となってしまうケースもあります。
自社の賃金制度が最低賃金の要件を満たしているか不安な点がある場合や、特定最低賃金の適用関係、減額特例の申請手続などでお困りの際は、顧問社会保険労務士など専門家への相談をご検討ください。
参考・引用資料(一次情報)
- 最低賃金法(e-Gov法令検索)
- 最低賃金法 日本語・英語対訳(日本法令外国語訳データベースシステム)https://www.japaneselawtranslation.go.jp/ja/laws/view/3937
- 厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/index.html
- 厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について」(令和8年7月28日公表)https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_74920.html
※本記事は執筆時点で公表されている一次情報に基づき作成しています。令和8年度の地域別最低賃金額は、今後各都道府県の地方最低賃金審議会の審議を経て確定します。最新の金額・発効日は、必ず厚生労働省または管轄の都道府県労働局の公表情報でご確認ください。
