はじめに
「愛知県 最低賃金」と検索された方の多くは、自社の賃金設定が法令に適合しているかを確認したい経営者・人事労務担当者の方、あるいはご自身の給与が最低賃金を下回っていないかを確認したい労働者の方ではないでしょうか。
最低賃金は、働くすべての方にとって「これを下回ってはならない」という賃金の下限を定めた、労働基準関係法令の中でも極めて重要な制度です。改定の時期や金額を正確に把握していないと、意図せず法令違反となってしまうおそれがあります。
本稿では、社会保険労務士としての立場から、厚生労働省・愛知労働局が公表している一次情報(法令条文、通達、公示、公表資料)のみを根拠として、愛知県の最低賃金の現状と実務上の注意点を整理します。なお、本稿では税務に関する内容は取り扱いません。税務上の取り扱いについては、税理士等の専門家にご相談ください。
1. 愛知県の最低賃金(地域別最低賃金)の現状
1-1 現在の金額と発効日
愛知労働局の公表によれば、愛知県の地域別最低賃金(いわゆる「愛知県最低賃金」)は、令和7年10月18日から時間額1,140円に改正されています(改正前は時間額1,077円)。これは愛知県内の事業場で働くすべての労働者、すなわち正社員だけでなく、パートタイム労働者、アルバイト、契約社員、派遣労働者等の常用・臨時雇用を問わず、原則としてすべての労働者に適用されるものです(愛知労働局「愛知県の最低賃金」)。
引き上げ額は63円で、改定前の1,077円から見ると約5.8%の引き上げとなっています。
1-2 全国的な位置づけ
厚生労働省の公表資料によれば、令和7年度の地域別最低賃金は全都道府県で改定が行われ、全国加重平均額は前年度の1,055円から66円引き上げられて1,121円となり、目安制度が始まった昭和53年度以降で最大の引き上げ幅となりました。また、この改定により、全都道府県で最低賃金が時間額1,000円を超えることとなりました(厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」)。
愛知県の1,140円は、この全国加重平均を上回る水準であり、中部圏においても高い水準に位置づけられています。
1-3 賃金計算をまたぐ場合の取扱い
発効日(令和7年10月18日)をまたぐ賃金計算期間がある場合、実務上は「10月18日より前の労働分については改正前の最低賃金(1,077円)、10月18日以降の労働分については改正後の最低賃金(1,140円)」を基準に確認するのが原則的な考え方です。給与計算事務の簡便化の観点から、月の途中であっても改定後の金額を基準として支給することは差し支えありません。
2. そもそも「最低賃金制度」とは何か
2-1 制度の目的
最低賃金制度は、最低賃金法に基づき、国が賃金の最低限度を定め、使用者はその最低賃金額以上の賃金を労働者に支払わなければならないとする制度です。厚生労働省は、最低賃金制度の趣旨について、賃金の低廉な労働者について賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もって労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とすると説明しています(厚生労働省「最低賃金制度とは」)。
2-2 最低賃金法第4条(最低賃金の効力)
最低賃金の法的な効力は、最低賃金法第4条に規定されています。厚生労働省の公表資料によれば、その内容は次のとおりです。
第4条第1項 使用者は、最低賃金の適用を受ける労働者に対し、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならない。
第4条第2項 最低賃金の適用を受ける労働者と使用者との間の労働契約で最低賃金に達しない賃金を定めるものは、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分は、最低賃金と同様の定をしたものとみなす。
(出典:厚生労働省「最低賃金制度とは」)
つまり、たとえ労使双方が合意のうえで最低賃金額を下回る賃金を定めたとしても、その合意部分は法律上当然に無効となり、自動的に最低賃金額まで引き上げられる効力(強行的直律的効力)を持ちます。これは労働契約の自由が及ばない、労働者保護のための強行規定です。
2-3 違反した場合の罰則(最低賃金法第40条)
地域別最低賃金額を下回る賃金しか支払わなかった使用者は、最低賃金法第4条第1項違反となり、同法第40条により50万円以下の罰金に処せられる可能性があります。条文は次のとおりです。
第40条 第4条第1項の規定に違反した者(地域別最低賃金及び船員に適用される特定最低賃金に係るものに限る。)は、五十万円以下の罰金に処する。
(出典:日本法令外国語訳データベースシステム「最低賃金法」/e-Gov法令検索)
なお、平成20年の法改正以前は罰金の上限額が2万円でしたが、同年の改正により50万円に引き上げられています。過去の経緯を含め、条文の解釈にあたっては、厚生労働省労働基準局長通達(平成20年7月1日基発0701001号)等も踏まえて実務上の取扱いが整理されています。
3. 「地域別最低賃金」と「特定最低賃金」の違い
3-1 愛知県に設定されている特定最低賃金
最低賃金には、都道府県ごとにすべての労働者に適用される「地域別最低賃金」のほか、特定の産業について設定される「特定最低賃金」(産業別最低賃金)があります。
愛知県では、次の2業種について特定最低賃金が設定されており、愛知地方最低賃金審議会の答申(令和7年10月15日付)を経て、いずれも令和7年12月16日から改正後の金額が効力を発生しています(愛知労働局「愛知県の最低賃金」)。
- 愛知県製鉄業、製鋼・製鋼圧延業、鋼材製造業(表面処理鋼材を除く)最低賃金:時間額1,175円
- 愛知県輸送用機械器具製造業(建設用ショベルトラック製造業を含む。船舶製造・修理業、舶用機関製造業、自転車・同部分品製造業を除く。)最低賃金:時間額1,146円
これらの特定最低賃金は、対象産業に属する事業場で働く労働者(技能実習生等の外国人労働者及び事務を専らとする労働者を含む)に適用されます。ただし、18歳未満または65歳以上の者、雇入れ後一定期間未満の技能習得中の者等、一定の適用除外労働者については、特定最低賃金ではなく地域別最低賃金(愛知県最低賃金)が適用されます(愛知県「愛知県の最低賃金」)。
3-2 両者が競合する場合の優先関係
地域別最低賃金と特定最低賃金の両方が適用され得る労働者については、金額の高い方が優先して適用されます。愛知労働局の公表資料でも、「愛知県最低賃金が改定され特定最低賃金を上回る場合は、愛知県最低賃金が適用されます」と明記されています。
したがって、対象業種の事業場であっても、地域別最低賃金(1,140円)を特定最低賃金(1,175円・1,146円)が下回ることになった場合は、地域別最低賃金が適用される点に留意が必要です。
4. 最低賃金の対象となる賃金・除外される賃金
最低賃金額と実際に支払われている賃金を比較する際には、支払われている賃金のすべてが比較対象になるわけではありません。最低賃金法施行規則第1条は、最低賃金の対象から除外される賃金として、次のものを定めています。
- 臨時に支払われる賃金(結婚手当等)
- 1か月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等)
- 所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金(時間外労働の割増賃金等)
- 所定労働日以外の日の労働に対して支払われる賃金(休日労働の割増賃金等)
- 深夜労働(原則として午後10時から午前5時まで)に対する割増賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分
- 精皆勤手当、通勤手当及び家族手当
(出典:最低賃金法施行規則第1条/厚生労働省法令等データベースサービス)
つまり、基本給や職務手当等の所定内賃金に相当する部分が比較の対象となり、上記の手当や割増賃金は原則として最低賃金額との比較から除外されます。基本給の水準だけでなく、諸手当の設計によっては最低賃金割れが生じる可能性があるため、賃金体系全体を確認することが重要です。
5. 月給制・日給制・歩合制の場合の確認方法
最低賃金は時間額で示されているため、月給制や日給制の場合は、実際に支払われている賃金(前述の除外項目を控除したもの)を時間額に換算したうえで比較します。愛知労働局の案内でも、「賃金が時間給以外で定められている場合(月給・日給等)、賃金を1時間当たりの金額に換算して比較する」旨が示されています。
一般的な換算の考え方は次のとおりです(あくまで一般的な整理であり、具体的な計算方法は所轄労働基準監督署にご確認ください)。
- 時間給の場合:その金額がそのまま比較対象
- 日給の場合:日給 ÷ 1日の所定労働時間
- 月給の場合:月給 ÷ 1か月平均所定労働時間
- 出来高払制等の場合:その賃金算定期間に出来高払制等によって計算された賃金の総額 ÷ その賃金算定期間に出来高払制等によって労働した総労働時間数
いずれの方式であっても、換算後の金額が地域別最低賃金額(愛知県では1,140円)または該当する特定最低賃金額を下回っていないかを確認する必要があります。
6. 最低賃金の減額特例(最低賃金法第7条)
最低賃金法第7条は、一定の労働者について、都道府県労働局長の許可を受けたときに限り、最低賃金額を減額して適用できる特例を定めています。対象となり得るのは、精神又は身体の障害により著しく労働能力の低い者、試の使用期間中の者、職業能力開発促進法に基づく認定職業訓練を受ける者のうち一定のもの等です。
この減額特例は、都道府県労働局長の許可という行政手続を経て初めて認められるものであり、事業主の判断のみで一方的に賃金を減額できる制度ではありません。対象労働者に該当するかどうか、また許可申請の要否については、所轄の労働基準監督署又は都道府県労働局にご確認いただくことをお勧めします。
7. 企業(使用者)が今すぐ確認すべき実務ポイント
最低賃金の改定に対応するにあたり、社会保険労務士の立場から、企業が確認すべき主なポイントを整理します。
7-1 全従業員の賃金の再点検
正社員だけでなく、パートタイム労働者、アルバイト、有期雇用労働者、派遣労働者(派遣先の最低賃金が適用されます)を含め、すべての労働者について、時間額換算後の賃金が最低賃金額を上回っているかを確認します。特に、基本給が低く諸手当で構成比を高めている賃金体系や、固定残業代(見なし残業代)を採用している事業場では、除外賃金の範囲を誤って計算していないか注意が必要です。
7-2 就業規則・賃金規程の見直し
最低賃金の改定に伴い賃金体系を変更する場合には、就業規則・賃金規程の変更が必要となることがあります。常時10人以上の労働者を使用する事業場では、労働基準法第89条に基づき、就業規則の変更について所轄労働基準監督署長への届出(労働者代表の意見書の添付を含む)が必要です。
7-3 求人票・募集条件の確認
ハローワーク等に掲載している求人票の賃金額が、改定後の最低賃金額を下回っていないかも確認が必要です。愛知労働局及びハローワークは、最低賃金改定にあわせて求人票の賃金額の点検を事業主に呼びかけています。
7-4 特定最低賃金の対象業種への該当性確認
自社の主たる事業が、愛知県に設定されている特定最低賃金(製鉄業・製鋼・製鋼圧延業・鋼材製造業、輸送用機械器具製造業)の対象業種に該当するかどうかを確認し、該当する場合は特定最低賃金額との比較も行う必要があります。
8. 今後の最低賃金額の確認方法
地域別最低賃金は原則として毎年見直しが行われ、都道府県ごとに異なる時期に発効します。次年度以降の改定内容についても、中央最低賃金審議会の答申を踏まえて地方最低賃金審議会が審議し、都道府県労働局長が決定するという手続を経て確定します。
最新の金額・発効日は、必ず愛知労働局及び厚生労働省が公表する一次情報でご確認ください。本稿執筆時点(2026年8月)でも、次年度の改定に向けた審議が進められている段階であるため、最新情報は下記の公式ページを直接ご参照いただくことを強くお勧めします。
まとめ
- 愛知県の地域別最低賃金(愛知県最低賃金)は、令和7年10月18日から時間額1,140円です。
- 愛知県には、製鉄業等(1,175円)と輸送用機械器具製造業(1,146円)の2つの特定最低賃金が設定されており、令和7年12月16日から効力を発生しています。
- 最低賃金額を下回る賃金を定める労働契約は、その部分が無効となり、自動的に最低賃金額まで引き上げられます(最低賃金法第4条)。
- 最低賃金法第4条第1項に違反した使用者は、50万円以下の罰金に処せられる可能性があります(同法第40条)。
- 賞与、時間外・休日・深夜の割増賃金、精皆勤手当、通勤手当、家族手当等は、最低賃金額との比較の際に除外されます(最低賃金法施行規則第1条)。
- 月給制・日給制の場合は、時間額に換算したうえで最低賃金額と比較する必要があります。
最低賃金は、企業の賃金設計・採用活動・助成金の要件等、労務管理の様々な場面に影響を及ぼす重要な指標です。自社の対応に不安がある場合は、就業規則・賃金規程の見直しを含め、顧問社会保険労務士等の専門家にご相談されることをお勧めします。
参考文献・出典
本稿は、以下の一次情報(行政官庁の公表資料・法令等)に基づいて作成しています。
- 愛知労働局「愛知県の最低賃金」 https://jsite.mhlw.go.jp/aichi-roudoukyoku/jirei_toukei/chingin_kanairoudou/saiteichingin_toukei/saiteichingin.html
- 愛知県「愛知県の最低賃金」 https://www.pref.aichi.jp/soshiki/rodofukushi/0000006115.html
- 厚生労働省「最低賃金制度とは」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/chingin/newpage_43880.html
- 厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/index.html
- 日本法令外国語訳データベースシステム「最低賃金法」(第40条ほか) https://www.japaneselawtranslation.go.jp/ja/laws/view/3937
- 厚生労働省 法令等データベースサービス「最低賃金法施行規則」 https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=73054000&dataType=0&pageNo=1
- 愛知地方最低賃金審議会「愛知県の特定最低賃金の改正決定について(答申)」(令和7年10月15日) https://jsite.mhlw.go.jp/aichi-roudoukyoku/content/contents/002423472.pdf
※本稿記載の金額・発効日等は執筆時点(2026年8月)の情報です。最新の情報は、上記各リンク先(愛知労働局・厚生労働省等の公式ページ)にて必ずご確認ください。 ※本稿は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に対する法的助言を目的とするものではありません。具体的な対応については、所轄の労働基準監督署・都道府県労働局、または顧問社会保険労務士等の専門家にご相談ください。
