【社会保険労務士が解説】カスハラ(カスタマーハラスメント)対応の基本と実務対策|2026年10月義務化に備える

目次

はじめに|なぜ今「カスハラ対応」が企業の必須課題なのか

「お客様は神様だから」「クレームには誠意を持って対応するべき」——こうした発想だけで顧客対応を続けていると、従業員の心身が深刻に消耗し、離職や休職につながるケースが後を絶ちません。

厚生労働省が実施した「職場のハラスメントに関する実態調査(令和5年度)」によれば、過去3年間に労働者から「顧客等からの著しい迷惑行為」(いわゆるカスタマーハラスメント、以下「カスハラ」)の相談があったと回答した企業の割合は27.9%にのぼり、前回調査(令和2年度)から8.4ポイント増加しています。企業がカスハラを判断した具体的な事例としては、「継続的、執拗な言動」「威圧的な言動」「精神的な攻撃」などが挙げられています。

こうした状況を受け、令和7年(2025年)6月11日、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律(令和7年法律第63号)が公布されました。この改正により、令和8年(2026年)10月1日から、事業主にカスタマーハラスメント防止のための雇用管理上の措置を講じることが法的義務となります。

本稿では、社会保険労務士の立場から、法令・行政の公表資料といった一次情報のみに基づき、カスハラ対応の基本的な考え方と、企業が実務上取り組むべき対策を解説します。


1. カスタマーハラスメント(カスハラ)とは何か

1-1. 厚生労働省が示す定義

厚生労働省は、職場におけるカスタマーハラスメントを次のように定義しています。

職場において行われる ①顧客等の言動であって、 ②その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、 ③労働者の就業環境が害されるもの

この①〜③の要素をすべて満たすものがカスタマーハラスメントに該当するとされており、電話やSNS等インターネット上で行われる言動も対象に含まれます。

1-2. 「顧客等」の範囲

ここでいう「顧客等」とは、顧客に限られません。取引の相手方、駅・空港・病院・学校・福祉施設・公共施設等の利用者、その他当該事業主の行う事業に関係を有する者を広く指し、今後商品の購入やサービスの利用等をする可能性がある者も含まれるとされています。

1-3. 「社会通念上許容される範囲を超えた言動」の具体例

厚生労働省の資料では、社会通念上許容される範囲を超えた言動として、大きく「要求の内容」に関するものと「手段・態様」に関するものが示されています。

要求の内容が社会通念上許容される範囲を超えるもの

  • そもそも要求に理由がない、または商品・サービス等と全く関係のない要求
  • 契約等により想定しているサービスを著しく超える要求
  • 対応が著しく困難、または対応が不可能な要求
  • 不当な損害賠償要求

手段や態様が社会通念上許容される範囲を超えるもの

  • 身体的な攻撃(暴行、傷害等)
  • 精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要等)
  • 威圧的な言動
  • 継続的、執拗な言動
  • 拘束的な言動(不退去、居座り、監禁)

重要なのは、顧客等からのクレームすべてがカスハラに当たるわけではないという点です。商品やサービス等の改善を求める正当なクレームと、カスハラに該当する不当な言動とは明確に区別する必要があります。この線引きの目線合わせこそが、企業のカスハラ対策の出発点になります。


2. カスハラの発生状況|データで見る実態

厚生労働省「令和2年度 職場のハラスメントに関する実態調査」および「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査」によれば、カスハラに関する相談があったとする企業の割合は増加傾向にあり、業種によって発生の傾向にも差が見られます。特に接客の機会が多い業種において、顧客等との接点でトラブルが発生しやすいことが指摘されています。

こうした調査結果を踏まえ、厚生労働省は業界横断的な取組を後押しするため、業種別のカスタマーハラスメント対策企業マニュアル作成支援(モデル事業)を実施しており、令和6年度はスーパーマーケット業編、令和7年度は宅配業編の作成が予定されています。業界特有のカスハラの実態や、業界共通の対応方針を整理したマニュアルは、各企業が自社ルールを策定する際の参考になります。


3. カスハラ対応の法的根拠|改正労働施策総合推進法

3-1. 事業主の措置義務(法第33条)

カスハラ対策の法的根拠は、改正後の労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(労働施策総合推進法)第33条です。同条では、おおむね次のとおり定められています。

  • 第1項:事業主は、職場において行われる顧客等の言動であって、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたもの(顧客等言動)により、当該労働者の就業環境が害されることのないよう、雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
  • 第2項:事業主は、労働者が相談を行ったこと等を理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
  • 第3項:自社の労働者が他社の労働者に対してカスハラを行った場合に、当該他社の事業主から事実確認等の措置の実施について必要な協力を求められたときは、これに応じるよう努めなければならない(努力義務)。
  • 第4項:厚生労働大臣は、事業主が講ずべき措置等について適切かつ有効な実施を図るために必要な指針を定める。

この第4項の規定に基づき、「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号)が定められています。

3-2. 施行日と適用対象

施行日は令和8年(2026年)10月1日です。企業規模による適用除外はなく、大企業・中小企業を問わず、すべての事業主が措置義務の対象となります。

3-3. 違反した場合の取扱い

現行の労働施策総合推進法においても、パワーハラスメント防止措置義務を含む雇用管理上の措置義務に違反した事業主に対しては、厚生労働大臣(実務上は都道府県労働局)による助言、指導及び勧告を行うことができるとされており、勧告に従わない場合はその旨を公表することができるとされています。カスハラ防止措置義務についても、同様の履行確保の仕組みが適用される法構造となっています。刑事罰こそ規定されていませんが、行政指導や企業名公表のリスクがある点は、経営上軽視できません。


4. 事業主が講ずべき措置|10のポイントを整理

厚生労働省が公表しているリーフレット「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます!」では、事業主が必ず講じなければならない措置として、次のような項目が示されています。実務上のカスハラ対応体制を構築する際のチェックリストとして活用できます。

(1)事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発

  1. カスタマーハラスメントには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針を明確化し、労働者に周知・啓発する
  2. カスタマーハラスメントの内容及びあらかじめ定めた対処の内容を、労働者に周知する(例:管理監督者にその場の対応方針について指示を仰ぐ、可能な限り労働者を一人で対応させない、犯罪に該当し得る言動は警察へ通報する、本社・本部等へ情報共有を行い指示を仰ぐ など)

(2)相談体制の整備

  1. 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知する
  2. 相談窓口担当者が適切に対応できるようにする

(3)事後の迅速かつ適切な対応

  1. 事実関係を迅速かつ正確に確認する
  2. 被害者に対する配慮のための措置を行う
  3. 再発防止に向けた措置を講ずる

(4)対応の実効性を確保するために必要な、カスタマーハラスメントの抑止のための措置

  1. 特に悪質と考えられるカスタマーハラスメントへの対処の方針をあらかじめ定め、労働者に周知し、当該対処を行うことができる体制を整備する

(5)そのほか併せて講ずべき措置

  1. 相談者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、労働者に周知する
  2. 相談したこと等を理由として不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発する

これらのうち、太字で示される項目(方針における「毅然とした対応」の明確化、悪質な事案への対処方針の策定など)は、パワーハラスメントやセクシュアルハラスメントの措置義務とは異なる、カスハラ特有の内容とされています。相手が「顧客」であるがゆえに、社内の加害者に対する懲戒のような対応が直接には取りづらいという特殊性を踏まえた措置設計になっている点が特徴です。

なお、対策を講ずる際には、消費者の正当な権利や、障害者差別解消法における障害を理由とする不当な差別的取扱いの禁止・合理的配慮の提供義務にも留意する必要があるとされています。カスハラ対応の強化が、正当なクレームの萎縮や、障害のある顧客等への配慮の後退につながらないよう、バランスの取れた運用が求められます。


5. 現場での初動対応|実務上のポイント

法令や指針が示す枠組みを踏まえ、実際の現場で従業員がカスハラに直面した際にどう動くべきかを、あらかじめ社内ルールとして明文化しておくことが重要です。厚生労働省の資料で示されている対処内容の例を踏まえると、次のような流れを整備しておくことが有効です。

  • 一人で抱え込ませない:カスハラが疑われる場面では、可能な限り労働者を一人で対応させず、複数名またはすぐに応援を呼べる体制にする
  • 管理監督者への即時報告:その場での対応方針に迷う場合は、管理監督者に指示を仰ぐルートを明確にしておく
  • 事実関係の記録:日時・場所・相手方・言動の内容・対応状況などを、できる限り客観的な形で記録に残す
  • 警察への通報基準:暴行、脅迫、不退去など犯罪に該当し得る言動については、ためらわず警察に通報する基準をあらかじめ社内で共有しておく
  • 本社・本部への情報共有:現場だけで判断せず、本社・本部等へ情報共有を行い、組織として対応方針を決定する

これらはいずれも、事業主が方針の明確化にあたって労働者へ周知すべき「あらかじめ定めた対処の内容」として厚生労働省の資料に例示されているものです。制度を作るだけでなく、日々の朝礼や研修等を通じて繰り返し周知し、実際に使える手順として定着させることが実効性確保のポイントになります。


6. 社会保険労務士の視点から見た、対応整備上の留意点

6-1. 就業規則・関連規程との整合性

カスハラ対応の方針や相談窓口の設置は、既存のハラスメント防止規程やパワーハラスメント防止規程と重複する部分も多くあります。カスハラ特有の要素(相手が社外の第三者であること、懲戒処分という手段が直接使えないことなど)を踏まえたうえで、既存規程との整合性を確認しながら整備することが望ましいといえます。

6-2. 安全配慮義務との関係

労働契約法第5条は、使用者が労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする旨を定めています。カスハラへの放置は、この安全配慮義務の観点からも問題となり得るため、法令上の措置義務の有無にかかわらず、企業として体制整備に取り組む意義は大きいといえます。

6-3. 相談対応者・管理職への教育

相談窓口を形式的に設置するだけでは不十分です。厚生労働省の措置事項でも「相談窓口担当者が適切に対応できるようにすること」が明記されており、相談を受ける担当者や、現場の管理監督者に対して、カスハラの定義や初動対応、被害者への配慮の在り方について、あらかじめ教育・研修を行っておくことが求められます。

6-4. 消費者の権利や合理的配慮とのバランス

繰り返しになりますが、カスハラ対策の強化は、消費者の正当なクレームを封じることや、障害のある顧客等への合理的配慮を怠ることを意味するものではありません。厚生労働省の資料でもこの点が明記されており、企業としては「不当な要求・言動への毅然とした対応」と「正当な意見・要望への真摯な対応」を区別できる判断基準を、具体例を交えて社内に周知することが重要です。


7. 中小企業における対応のポイント

改正法に基づく措置義務は、企業規模による適用除外がなく、中小企業も含めたすべての事業主が対象です。もっとも、専門部署を置くことが難しい中小企業では、次のような形で無理なく体制を整えることが現実的です。

  • 既存のハラスメント相談窓口(パワハラ・セクハラ相談窓口)にカスハラ相談も一元化する
  • 厚生労働省が公表している「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」やリーフレットをベースに、自社の実情に合わせた簡易版マニュアルを作成する
  • 経営者・管理職が「組織として従業員を守る」という方針を明言し、朝礼や社内掲示等を通じて周知する
  • 業界団体が作成する業種別マニュアルがある場合は、それを参考に自社ルールへ落とし込む

自社だけでゼロから制度設計を行うことが難しい場合は、社会保険労務士等の専門家に相談しながら、就業規則や相談体制の整備を進めることも有効な選択肢です。


まとめ

  • カスタマーハラスメントとは、①顧客等の言動であって、②社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの、という3要素をすべて満たす行為を指します。
  • 令和8年(2026年)10月1日から、改正労働施策総合推進法第33条に基づき、事業主にカスハラ防止のための雇用管理上の措置を講じることが法的義務となります。
  • 事業主が講ずべき措置は、方針の明確化・周知啓発、相談体制の整備、事後の迅速かつ適切な対応、抑止のための措置、プライバシー保護・不利益取扱いの禁止など、合計10項目にわたります。
  • 対策の強化にあたっては、消費者の正当な権利や障害者差別解消法上の合理的配慮の提供義務とのバランスにも留意する必要があります。

カスハラ対応の体制整備は、単なる法令遵守にとどまらず、従業員が安心して働ける職場環境をつくり、人材の定着や企業の信頼性向上にもつながる取組みです。自社の現状を点検し、施行日である令和8年10月1日に向けて、無理のない範囲から準備を進めていくことをおすすめします。


参考資料・出典

本稿は、以下の一次情報(法令・行政資料)に基づいて作成しています。

※本稿は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案における法的な判断や具体的な社内規程の策定にあたっては、顧問社会保険労務士・弁護士等の専門家にご相談ください。また、施行日(令和8年10月1日)までに指針の内容が確定・修正される可能性があるため、最新の情報は厚生労働省の公表資料をご確認ください。

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