「ダブルワークは割増賃金いらない」は本当か?社会保険労務士が労働基準法から徹底解説

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はじめに──なぜ「ダブルワーク 割増賃金 いらない」と検索されるのか

「ダブルワーク(副業・兼業)をしているが、割増賃金の支払いは本当に必要なのか」「掛け持ちで働く従業員に、いちいち残業代を計算しなければならないのか」――このような疑問から、「ダブルワーク 割増賃金 いらない」というキーワードで検索する経営者・人事労務担当者・働く方は少なくありません。

結論を先にお伝えすると、現行の労働基準法の下では、原則として複数の職場で働く場合の労働時間は通算され、通算した結果として法定労働時間を超える部分には割増賃金の支払いが必要です。「いらない」と言い切ってしまうのは、法的には正確ではありません。

ただし、後述するとおり、

  • 労働時間の通算が不要となる例外的なケースが存在すること
  • 事務負担を軽減する「管理モデル」という仕組みが用意されていること
  • 令和7年以降、国の審議会で割増賃金に関する通算ルールそのものを見直す議論が進んでいること

といった事情があり、これらが「いらない」という言説の背景にあると考えられます。本稿では、社会保険労務士の立場から、労働基準法の条文、厚生労働省の通達・ガイドラインといった一次情報に基づき、正確な情報を整理してお伝えします。

結論──原則は「通算が必要」。根拠は労働基準法第38条

労働時間の通算に関する最も基本的な根拠は、労働基準法第38条第1項です。同項は次のように定めています。

第38条 労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する。

ここでいう「事業場を異にする場合」には、同一の事業主が経営する複数の事業場だけでなく、事業主(会社)そのものが異なる場合、すなわち副業・兼業のケースも含まれるとされています。この解釈は、労働基準局長通達(昭和23年5月14日付け基発第769号)によって示され、現在も維持されています(厚生労働省「副業・兼業と労働条件」)。

つまり、A社で働きながらB社でもダブルワークをする場合、A社・B社それぞれの使用者は、自社の労働時間だけでなく、労働者からの申告等によって把握した他社の労働時間もあわせて管理しなければならない、というのが法律上の建前です。

この点は、令和2年9月1日付けの通達「副業・兼業の場合における労働時間管理に係る労働基準法第38条第1項の解釈等について」(基発0901第3号)でも改めて明確化されています。同通達では、労働者が事業主を異にする複数の事業場において労働基準法の労働時間規制が適用される労働者に該当する場合、それぞれの使用者は自らの事業場における36協定の延長時間の範囲内で労働させる必要があること、また時間外労働と休日労働の合計について単月100時間未満・複数月平均80時間以内の上限規制(労働基準法第36条第6項第2号・第3号)を遵守するよう、1か月単位で労働時間を通算管理する必要があることが示されています。

労働時間通算の原則的な手順

厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(平成30年1月策定、令和2年9月改定、令和4年7月改定)およびその「わかりやすい解説」では、通算の手順を次の2段階で示しています。

ステップ1:所定労働時間の通算(契約の先後で通算)

まず、それぞれの会社における「所定労働時間」(残業を含まない、契約上定められた基本の労働時間)を、労働契約を締結した順番に通算します。先に契約した会社の所定労働時間から順に積み上げ、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える部分が生じた時点で、後から契約した会社側に法定時間外労働が発生することになります。

ステップ2:所定外労働時間の通算(実際に発生した順で通算)

次に、所定外労働(残業)については、実際に労働が行われた順番に通算します。所定労働時間の通算の結果と合わせて法定労働時間を超えた部分が、法定時間外労働として扱われます。

割増賃金を支払う義務を負うのはどちらの会社か

通算の結果、法定時間外労働に該当する時間のうち、自社で実際に労働させた時間について、その会社が労働基準法第37条第1項に基づく割増賃金を支払う義務を負います。他社の労働時間そのものについて割増賃金を立て替えるという意味ではなく、あくまで「通算した結果、自社の労働がどの部分に該当するか」によって、支払義務の有無・範囲が決まる点に注意が必要です。

実務負担を軽減する「管理モデル」

原則的な通算方法は、日々の実労働時間を他社から報告してもらい、逐一通算計算をする必要があるため、実務上の負担が大きいという課題がありました。そこで厚生労働省は、令和2年9月1日改定のガイドラインにおいて、「簡便な労働時間管理の方法(管理モデル)」を新たに示しました。

管理モデルの趣旨

前掲の基発0901第3号通達では、管理モデルの趣旨について、副業・兼業の日数が多い場合や、自社・他社の双方で所定外労働が生じる場合等には、労働時間の申告や通算管理において労使双方に手続上の負担が伴うことを踏まえ、その負担を軽減しながら労働基準法上の最低労働条件を遵守しやすくする方法として位置づけられています。

管理モデルの仕組み

管理モデルでは、先に契約した使用者A社の「法定外労働時間」と、後に契約した使用者B社の「労働時間」について、それぞれ上限をあらかじめ設定します。この上限は、時間外労働と休日労働の合計が単月100時間未満・複数月平均80時間以内となる範囲内で決められます。

その上で、

  • A社は、自社の法定外労働時間について割増賃金を支払う
  • B社は、自社における実際の労働時間全体を「法定外労働時間」とみなして割増賃金を支払う

という取扱いをすることで、B社は自社の労働時間さえ把握していれば足り、A社での実労働時間を都度確認する必要がなくなります。これにより、双方の使用者が他社の実労働時間を日々把握しなくても、労働基準法を遵守できる仕組みとなっています。

導入方法

管理モデルは、副業・兼業を希望する労働者に対し、先に契約しているA社が、後から契約するB社への導入を提案することを想定した仕組みです。A社からB社へ直接連絡する必要はなく、労働者を通じて提案することも可能とされています。

労働時間が通算されない例外的なケース

「割増賃金がいらない」という言説が生まれる背景の一つに、そもそも労働時間の通算対象とならないケースが存在することが挙げられます。厚生労働省のガイドラインおよび「わかりやすい解説」によれば、次のような場合には労働時間規制自体が適用されない、または通算の対象外となります。

  • 労働基準法が適用されない働き方の場合:フリーランス、独立・起業(事業主として行う場合)、共同経営、業務委託・請負・準委任契約によるアドバイザーやコンサルタントなど、そもそも「労働者」に該当しない形態
  • 労働基準法は適用されるが労働時間規制が適用されない場合:農業・畜産業・養蚕業・水産業に従事する者、労働基準法第41条に定める管理監督者や機密の事務を取り扱う者、監視・断続的労働に従事し行政官庁の許可を受けた者、高度プロフェッショナル制度の対象者など

これらに該当する場合には、通算の前提となる「労働時間規制の適用」自体がないため、割増賃金の通算という論点も生じません。ただし、これはあくまで法律上の要件に該当する場合の話であり、単に「管理職」や「業務委託」と呼ばれているだけで実態が労働者性を有する場合には、通算の対象となる点に留意が必要です。

なお、休憩(労働基準法第34条)、休日(同法第35条)、年次有給休暇(同法第39条)については、労働時間に関する規定ではないため通算されないことも、ガイドラインで明記されています。

割増賃金の通算と、健康確保・安全配慮義務は別問題

割増賃金の通算対象にならない、あるいは管理モデルにより実務負担が軽減される場合であっても、使用者の安全配慮義務(労働契約法第5条)や健康確保措置の実施義務まで免除されるわけではありません

この点が特に問題となった裁判例として、大器キャリアキャスティングほか1社事件(大阪高等裁判所判決 令和4年10月14日 労働判例1283号44頁)があります。この事件では、本業の使用者が、労働者が兼業先での労働時間についても把握し得る立場にあったにもかかわらず、長期間にわたり休日のない連続勤務が続く状態を解消しなかったことについて、控訴審で安全配慮義務違反が認められました(一審は義務違反を否定)。

割増賃金の支払義務の有無にかかわらず、使用者が労働者の副業・兼業の状況を認識し、または認識し得る場合には、健康確保の観点から適切な配慮を行う必要があることを示す裁判例として、実務上重要な意味を持ちます。

「いらなくなるかもしれない」──進行中の法改正議論

近年、「ダブルワーク 割増賃金 いらない」という検索が増えている背景には、国の審議会における法改正議論の存在も影響していると考えられます。ここは特に、現時点ではまだ「決定事項ではない」ことを正確にお伝えする必要があります。

厚生労働省は、働き方改革関連法の施行5年後見直しの検討規定に基づき、有識者による「労働基準関係法制研究会」を令和6年1月から1年間にわたり開催し、令和7年1月8日に報告書を公表しました。この報告書では、副業・兼業に係る労働時間通算のあり方について、健康確保の観点からの通算は維持しつつ、割増賃金の支払いに関する通算については見直す方向性が示されています。

この報告書を踏まえ、令和7年(2025年)以降、労働政策審議会労働条件分科会において具体的な制度設計の審議が続けられています。令和7年11月18日開催の第205回労働条件分科会の議事録によれば、使用者側委員から「副業・兼業は労働者の自発的な判断によって行われるものであり、本来の割増賃金の趣旨になじまない」として、割増賃金に係る通算管理を適用対象外とすべきとの意見が出される一方、労働者側委員からは長時間労働を助長しかねないとして現行ルールの維持を求める意見が出されており、労使の意見は対立したままとなっています。

なお、労働基準法の改正法案については、当初令和8年(2026年)通常国会への提出が見込まれていましたが、審議の状況等を踏まえ、提出時期が見送られている状況にあります。割増賃金の通算義務そのものは、本稿執筆時点においてなお現行法上有効であり、「いらない」と断定できる段階には至っていません。 今後の審議会の議論や法案提出の動向については、厚生労働省の公表資料を継続的に確認する必要があります。

使用者(企業)が実務上取るべき対応

以上を踏まえ、副業・兼業を認める企業が実務上取るべき対応として、次のような点が挙げられます。

  • 就業規則の整備:厚生労働省のモデル就業規則(令和4年11月版)を参考に、届出制を基本としつつ、労務提供上の支障がある場合等に禁止・制限できる規定を整備すること
  • 副業・兼業の届出・確認の仕組み:労働者からの自己申告を基本に、契約の締結日、所定労働日・所定労働時間、所定外労働の見込み等を確認する体制を設けること
  • 通算方法の選択:原則的な通算方法によるか、管理モデルを導入するかを、副業・兼業先の使用者や労働者と協議の上決定すること
  • 健康確保措置の実施:割増賃金の通算の要否にかかわらず、労働者からの申告等をもとに、必要に応じて健康診断や面接指導等の実施を検討すること
  • 法改正動向のフォロー:労働政策審議会の議論の帰趨を継続的に確認し、就業規則や労務管理の見直しに備えること

労働者側が知っておきたいポイント

ダブルワークをする労働者本人にとっても、次の点は押さえておく価値があります。

  • 自身の労働時間は、勤務先の求めに応じて正確に申告することが、通算管理を適切に機能させる前提となること
  • 労働時間以外の時間の使い方は基本的に労働者の自由であるとする裁判例が積み重ねられている一方、就業規則で届出制・許可制が定められている場合は、そのルールに従う必要があること
  • 過重労働による健康障害を防ぐため、自らの業務量や労働時間、体調を自己管理することが求められること

まとめ

「ダブルワーク(副業・兼業)は割増賃金がいらない」という言説は、現行の労働基準法を前提とする限り、正確ではありません。労働基準法第38条第1項および関連通達により、事業主を異にする複数の事業場における労働時間は原則として通算され、通算の結果法定労働時間を超える部分については、自社で労働させた時間に応じて割増賃金の支払義務が生じます。

一方で、

  • 管理監督者や業務委託など、そもそも労働時間規制の対象外となるケースが存在すること
  • 実務負担を軽減する「管理モデル」という選択肢が用意されていること
  • 令和7年以降、割増賃金に係る通算義務そのものを見直す方向での審議が国において進行中であること

といった動きがあり、これらの事情が「いらない」というイメージにつながっていると考えられます。制度は現在進行形で議論されている段階にあるため、経営者・労務担当者・労働者のいずれの立場においても、思い込みで判断せず、厚生労働省が公表する一次情報や専門家の助言をもとに、正確な理解のもとで対応することが重要です。

副業・兼業に関する労務管理でお悩みの企業様、働き方についてご不安のある方は、お近くの顧問社会保険労務士にご相談されることをおすすめします。


参考文献・出典(一次情報)

(本稿は、上記の法令・通達・行政資料等の一次情報に基づき、社会保険労務士の立場から一般的な情報提供を目的として作成したものです。個別の事案への当てはめや対応については、必ず顧問社会保険労務士等の専門家にご相談ください。また、税務に関する内容は含んでおりません。)

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